高木悠凪(たかぎ・はな)
内閣府認証NPO法人 マザーズコーチジャパン認定 マザーズコーチ。広島県出身。2010年より、夫の赴任によりNYに駐在中。2011年、女児を出産。大学時代は西洋美術史を専攻。アクセサリー会社から生活雑貨店勤務を経て現在に至る。趣味の芸術鑑賞にNYはもってこいの場なので、オペラ、クラシック、ジャズ、メトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイム…などに足繁く通いながら、育児に奮闘の日々を送っている。子育て・産後のキャリアチェンジ・家族やママ友の人間関係など、子育てママ向けのコーチングを実施中。
*高木さんへの執筆・講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談などがありましたら、info@agrospacia.comまで。
第16回 アーリーインターベンション(早期介入)について…生後すぐから3歳までの支援プログラムとは? NY市の場合
アーリーインターベンション(早期介入)について…
生後すぐから3歳までの支援プログラムとは? NY市の場合
高木悠凪さんは、2010年にご主人の転勤に伴ってニューヨークにお引っ越し。大学時代、美術史を勉強していた高木さんは、2011年に女の子に恵まれて、以来、お子さんをベビーカーに乗せて美術展へ行くなど、いつも親子で積極的にアートに親しんでいます。今回は、アーリーインターベンション(早期介入)という、子どもに発達の遅れがあれば専門家が診断し、どんな支援が必要を査定して、適切に経過を見守るNY市のプログラムについて取り上げています。
もし自分の子どもが言葉が遅い、多動や自閉症など、行動が他の子どもと違うと感じた時、どういう行動を起こすべきだろうか? アメリカでは保護者がそのように感じたなら小児科医へ相談に行き、医師から診断、査定~特別支援を受けることを勧められることがある。
NY市には早期介入プログラム(Early Intervention後述:EIとする)というものがある。これは保護者や小児科医が0歳から3歳(36カ月)の子どもの発達に遅れなどを認めた場合、以下の手順で無料で査定や支援を受けることができるというものだ。EIは保健局の管轄となり、アメリカ滞在についてのビザ(査証)のステータスに関係なく誰でも受けることができる。個人情報は守秘され、学校へ記録が報告されることはない。このプログラムは、日本に比べて一般社会に浸透しており、支援の種類も多様だ。
筆者を含め日本人家庭が日本との差を一番感じる点は、アメリカに住む人たちが支援を受ける場合、恥ずかしいと思ったり、差別や区別につながる思考をしないこと。そして、周囲も「スペシャルニーズなんだね」と自然に受け止めるのみで、その子供が「周囲に迷惑をかける厄介者」などという反応がほとんどないのは、このEIの仕組みが社会から認められて確立され、浸透しているからであろう。
EIの後にも引き続き支援を必要とし、CPSEやCSEの支援の(スペシャルニーズに対応した)スペシャルエデュケーションを受けることになっても、対象となる子どもたちは勉強に遅れがあっても、秀でていても、必要な支援を受けながら学ぶことができるだけでなく、学校のテストやギフテッド&タレンテッド(G&T ※ギフテッド&タレンティッドについてはこちらのページを参照)、中学、高校、大学進学に必要な試験で、時間延長などの配慮を受けることができる。競争力が高い有名校でもスペシャルニーズの枠が設けられるなど、スペシャルニーズの子供が学ぶ機会を奪われることがないような配慮・支援があることに、日本との差を感じずにいられない。
■ アーリーインターベンションの査定や特別支援とはどういうものなのか?
EIを構成する団体はこれらで構成されている
・支援団体 – コーディネーターが在籍。このコーディネーターを起点にEIのすべてが執り行われる。
・評価団体 – 評価員が在籍。依頼主を査定する
査定の内容は:認識力・語学力、スピーチ・コミュニケーション能力、全体の運動能力(大きな筋力の動き・小さな筋力の動き)、センサリー(脳から伝達される体の動き、敏感性)、順応性、社交性など能力を総合的に判断する。
・実施団体 – セラピーを実施する団体
ABA(高機能自閉症の子供のための特別指導)、理学療法士、言語療法士、作業療法士、食事療法士、などセラピストが在籍。
■ EIは実際どういう流れで行われるのか?
1)小児科医や保護者がEIが必要かどうかを判断
保護者が子供の発達について心配な場合、小児科医を通して、もしくは保護者自らが直接保健局から支援団体を聞いてEIの査定を受けることも可能。定期診断の際に医師が勧めることもある。
2)支援団体に依頼
小児科医がEIが必要と判断した場合、支援団体へ依頼する。
3)評価団体に連絡し、査定の日程などを調整
支援団体のコーディネーターが評価団体に連絡をし、査定の日程などを調整。
4)査定の日程を連絡
コーディネーターが依頼主へ、評価員が査定をしに行く日時を伝える。
5)評価員が依頼主の元へ評価をしに行く
6)査定の結果を報告
評価団体がコーディネーターと保健局に査定の結果を報告する。
7)査定の結果の告知を行い、今後の対応方針を決める
コーディネーターが依頼主へ査定の結果を伝え、EIを受け入れるかどうかについて協議。どのくらいの頻度で、どのようなセラピーを受けるのか?
8)セラピストの斡旋依頼と選定
コーディネーターから実施団体へセラピストの依頼を行なう。
9)セラピストの派遣とセラピー実施
この段階で、ようやく依頼主はEIのセラピーを受けることができる。セラピストは毎回、依頼主の家へ訪問。希望すれば、公園や医療施設・デイケアなどで受けることも可能だ。費用は無料。
10)中間評価とミーティング
セラピー開始より半年後、依頼主と保健局、支援団体の3者でこれまで受けたセラピーの進捗状況や子どもの発達状況について話し合う。必要があれば支援内容を見直し、ニーズに合った支援に変更していく。3者によるミーティングは半年に1回行われ、その都度、支援が子供の発達を助けることに貢献しているか、今後も継続的に支援が必要かどうか協議し、確認する。
アメリカらしく、各セクションごとに支援団体があり、それぞれが独立した組織となっている。コーディネーターが中心となり、すべての調整が行なわれる。もし、派遣されたセラピストとの相性が合わない場合は、コーディネーターにその旨を話せば、担当者を変えてもらうことも可能である。
EIの支援を受けていく中で、さらに支援が必要と判断される場合には教育局が管轄するCPSEという就学前特別支援教育委員会(3歳~5歳)による支援へと進み、その後も支援が必要な場合はCSEという特別支援教育委員会(5歳~21歳までの公立教育K~12年生対象)のプログラムの支援を受けることが可能だ。いずれも査定は保護者の同意のもとで行われ、保護者はいつでも査定をリクエストする権利がある。支援の必要性が認められると、保護者を交えたミーティングが行われ、具体的な支援内容が決定する。
EIからCPSEへ支援継続を依頼したい場合、2歳半の時に保護者とコーディネーターが話し合いを持ち、評価団体に査定を依頼。査定の結果を踏まえ、教育局と保護者で今後の支援が受けられるかどうかを話し合う。
実際に3歳半までEIの支援を受けた日本人の方(以下Mさん)に話を伺ってみた。
「娘は日本で出生後すぐに股関節脱臼と診断され、1歳まで日本で療養していました。股関節脱臼による運動発達の遅れだけでなく、1歳を過ぎても離乳食が進まない状況でした。その状態で主人のいるNYへ戻り、1歳児検診を受けた際、小児科医から運動発達と食事摂取について指摘を受け、EIを受けてはどうかと勧められました。EIを受けることに戸惑いがあったものの、『無料だし良いシステムなのだから、査定だけでも受けてみてはどうか』『子供の発達のためにも早く行動に移した方が良い』と小児科医から強く後押しされ、イヤならやめればいいのだから試しにやってみようと、EIの査定を受けることにしました。査定の結果、股関節脱臼へのケアは理学療法士、食事に対するケアは食事療法士によるセラピーをそれぞれ受けることになりました。」
実際にセラピーを受けることになり、その後の様子について
「実際にEIのセラピーを受けてみて、理学療法のセラピーは指導も細やかで日常どのような点に気を付ければよいか、何に取り組めばよいかも教えてくれました。また親の気持ちにも寄り添ってくれ、とても満足しました。一方で食事療法は指示内容が私自身の考えや方向性が合わなかったので、コーディネーターに相談し、セラピストを変更してもらいました。新しいセラピストは、私の意向をくみつつ色んな方法を助言してくれる方で、徐々に問題は改善していきました」とMさん。
「日本だと、指導してもらっているのだから・・と考えの合わないセラピストでも我慢してしまうこともあるかと思います。余計な我慢をすることでセラピーの効果が薄れたり、子供に悪影響を与えないように親が注意して、主張することも大事だと痛感しました。」
実際に思い切ってコーディネーターに相談してみれば、すんなりと事態が好転したとのこと。EIによる支援を受け、良かったと話してくださいました。
このように、出生が日本(海外)であっても必要であれば無料で支援を受けることが可能なEI。行政や各種団体が連携して確固たるシステムを構築し、必要な人へ丁寧なケアを行っているNY市を羨ましく思う。
日本にもいろいろな政策があるようだが、一時的なバラマキではく、国や自治体、各種団体が連携して、ケアを必要とする人たちへの適切な支援を継続できる仕組みを作るべき時期ではないか? NY市で行なわれている取り組みを一つのモデルとして、支援に携わる専門性の高い人材を育成し、彼らにとっても魅力ある、誇りを持って取り組める仕事として働ける場や組織を維持できれば(アメリカでは支援スタッフへの休暇なども保証されている)、質を保証したサービスを提供することが日本でも可能ではないだろうか?
環境が整い、支援が必要な子供や保護者が安心して暮らしていける社会が実現することで、子どもたちの能力や可能性、活躍の機会が広がり、多様性が自然と認められる日本になっていくことを切に願う。