山本純子 Junko YAMAMOTO
1997 年 慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。
大学在学時よりゲーム業界に携わり、主にオンライン・ゲームのマーケティング、調達、事業開発等に従事。
退職後 2009 年慶應義塾大学大学院アート・マネジメント分野修士課程に入学。同年末に IT の力で芸術を広めるために株式会社アーツ・マーケティグを立ち上げる。
2011 年修士課程終了後よりクラウド・ファンディングの研究を始め、慶應義塾大学 SFC 研究所上席所員(訪問)を経て、現在、企画・コンサルティング・事業開発、及び講演・レクチャー等を行う。
大英博物館特別展:『春画−日本美術における性とたのしみ』
大英博物館(イギリス・ロンドン)特別展『春画−日本美術における性とたのしみ』
現地レポート・速報
■大英博物館正面玄関に春画が!
- Photo:春画展のポスター ⒸJunko YAMAMOTO
「浮世絵の中でも、春画だけに特化した展覧会」
「春画を集めた展覧会としては過去最大規模」
「その展示内容から、大英博物館が異例の入場年齢制限(16 歳以下は保護者同伴推奨)」——。
開催前から、センセーショナルな記事の数々で日本でも話題を呼んでいた大英博物館(イギリス・ロンドン)の特別展『春画−日本美術における性とたのしみ(”Shunga: sex and pleasure in Japanese art” 以下、春画展)』が、10 月 3 日(木)より一般公開された。海外の人にとっては初めて目にすることが多いであろう「春画」が、どのように受け入れられているか。公開後初の週末となる 10 月 5 日(土)に実際に会場を訪問、展覧会の様子を見学すると共に、自身のコレクションからも春画を貸し出しておられる浦上蒼穹堂主人・浦上満氏にオープニングの手ごたえを伺った。
大英博物館は、ロンドン中心部の中でもロンドン大学や出版社、古書店等が集まる文教地区ブルームズベリーにある。地下鉄の駅を降りて 10 分もしないうちに、巨大な博物館の一端が。そして、博物館の外側を囲う柵に差しかかったところで早速春画展のポスターを発見した。
今月 17 日から開催する “Beyond El Dorado” 展と共に、正面玄関に大きく春画展の看板が。今回、メイン・ビジュアルは鳥居清長「袖の巻」(部分)が使用されている。
■オープニング・パーティは大盛況、英ガーディアン紙は最高ランクの評価
開始したばかりの週末ということもあり、まさに春画展一色の大英博物館。
展覧会会場に足を運ぶ前に、春画展関連シンポジウム出席直前で多忙の浦上蒼穹堂主人・浦上満氏にお時間をとっていただき、コメントをいただくことができた。
- Photo:浦上蒼穹堂主人・浦上満氏 ⒸJunko YAMAMOTO
山本:大英博物館、外も中も春画展のポスターでいっぱいですね!
浦上:そうでしょう? ポスターのここに記載されている(とポスター左下を指さしながら)「Shunga in Japan LLP」というのが、私もメンバーである、この春画展をサポートしている団体です。
山本:オープニング・パーティはいかがでしたか?
浦上:2 日(火)に大英博物館ジャパン・ギャラリーで開催したオープニング・パーティは、招待客だけで約300 名と、いつもより大きな規模のもので関心の高さが伺われました。パーティでは、大英博物館Neil MacGregor館長、Shunga in Japan LLPの代表浅木正勝氏、そして 80 歳になるイギリスで大変有名なジャーナリストJoan Bakewellさんにとてもすばらしい挨拶をしていただきまして、大変盛り上がりました。
その後、参加者の方々が実際に展示を観たのですが、(春画を)観るのが初めてな人も多いわけですから、最初はびっくりするのですよね。でも、展覧会のコンセプトがしっかりしているから、見終わった後には皆さん「これはたいした芸術だ」とおっしゃっていました。
驚いたのは、滞留時間がすごく長いこと。皆、終了時間ギリギリまでじっくり作品を観ていたのが印象的でした。
山本:マスコミの評価はどうでしょう?
浦上:多くのマスコミの方に取材していただき、どこも好意的に書いていただきました。
中でも、英ガーディアン紙は四つ星を付けてくれたのです。(筆者注:記事はこちら“Erotic bliss shared by all at Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art”)ガーディアン紙の展覧会評で今まで五つ星はないので、最高ランクの展覧会だということ。これには本当に良かったなぁと思いました。大英博物館の館長も、食事をした時に「(展覧会開催を決めた)当初は不安もあったけれど、すばらしいものになり良かった。評価もすごくいい」と喜んでいました。
日本のマスコミ、NHK なども取材に来たようです。ただ、一部イギリスのメディアでの取り上げ方でもそうなのですが、どうしても「あの大英博物館が、年齢制限をした展覧会を開催」という報じ方になるのですよね。少し腫れ物に触るような感じというのでしょうか。たしかに、年齢制限があるということで話題になった面もあるのだけれど、もっと内容に関しても掘り下げて欲しいなと思っています。
山本:いよいよ一昨日(10 月 3 日(木))から一般公開が始まりましたが。
浦上:館長もやはり一般客がどれだけ観に来るのかを気にしているのですが、7 ポンドの入場料がかかるにも関わらず(筆者注:大英博物館の常設展は無料)、一昨日、昨日ととても多くの人が観に来てくださっていて、時間帯によっては入場制限をしているほどです。また、昨日(4 日(金))、今日(5 日(土))と関連のシンポジウムが続けて開催されており(※1)、こちらも大変しっかりした内容なのですが、海外の方、日本の方含め多くの方に参加していただいています。展覧会は来年1月までやっていますので、ロンドンにいらっしゃる際にはぜひ多くの方に足を運んでいただきたいです。
(※1 筆者注:大英博物館 BP Lecture Theatre にて、日本人研究者を含む多くの国の研究者による春画研究の発表・討論を行う国際シンポジウムが一日半かけて開催されていた。プログラムはこちら)
山本:お忙しい中、ありがとうございました!
■じっくりと作品を観る人多数。さまざまな人々で賑わう展覧会場
- Photo:展覧会場前 ⒸJunko YAMAMOTO
コメントを頂いた後、早速展示へと足を運んだ。会場は、Level 4 のRoom 90、91。(館内マップ)
館内マップを見てもらうとわかるとおり、少し奥の会場、かつ浦上氏のコメントにもあるとおり入場料有りの企画展にも関わらず、受付も会場内も多くの人で賑わう。
本展覧会は大きく 5 つのパートに分かれて展示されている。
まず前段として、1600 年から1900 年にかけて日本に存在した春画というアート・ジャンルについて、当時の日本の人々は、公には厳しく統治されていたが、私的にはそれほど支配されておらず、伝統的な日本の精神性として「生殖(procreation)」と「性的な調和(sexual harmony)」の力が礼賛され、「性は罪である」という感覚がほとんどなかったことが、このような世界でも類を見ない文化を生み出したこと等を紹介。この展覧会が、西洋の価値観の中で進化した「ポルノグラフィー」の概念に対峙する、もうひとつの成熟した芸術としての「春画」を再考する試みであることが説明された。
構成は下記のとおり。
1. 春画の初期 1765 年まで:
初期の春画を紹介
2. 春画の名品 1765-1850:
フルカラーの木版印刷が完成した 1765 年以降の名作を紹介。鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国貞など、優れた芸術家たちによる春画が展示される。中には歌川国貞による『源氏物語』のパロディ春画も。
3. 春画と検閲:
春画と検閲の歴史。春画は 1722 年に違法となるのだが、実際検閲された出版物は権威に楯突く種類のもので、性的な春画は公も目をつぶり、ほとんど検閲の対象にならなかったこと。開国後も規制されながらも実際にはそれほど厳しく取り締まられなかったが、20 世紀に入り日露戦争後急激に「タブー」の対象となっていったことが紹介される。
4. 春画の用途と流通:
春画は江戸時代の日本において、広く本屋、もしくは貸本屋で流通されており、人々の日常生活に入り込んでいた様を紹介。
「春画と『浮世』」コーナーでは、春画が吉原や歌舞伎の「浮世」の世界観と強い関連があり、それらを題材とした作品もありつつも、それらよりさらに範囲が広く、むしろ日常生活を舞台としたものが多かったと説明。
「春画とパロディ」コーナーでは、教育書や医書など真面目な本、シリアスな文学、芸術等が春画の題材に多く取り上げられ、パロディが創作されたことを、原著とパロディ春画を比較した展示によって紹介された。
5. 春画と近代世界:
日本の開国後、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 、オーブリー・ビアズリー、パブロ・ピカソ等ヨーロッパのアーティストによって春画が「発見」され、ジャポニズムへとつながったことを紹介。
私自身、春画はまったく不勉強な分野のため、初めて知ることばかり。
前段に説明されているとおり、春画が同じ性的な表現であっても西洋の「ポルノグラフィ」と概念がまったく違うこと、江戸時代の日本が性に対し今の日本とも違う独特の感性を有し、それが優れた芸術家たちによって表現されていったことを強調しているように感じた。
また、凝ったパロディ作品の数々には思わず笑ってしまうことしきり。感性は変わったと言えども、脈々と日本に受け継がれているユーモアをひしひしと感じた。
会場内の様子だが、浦上氏のコメントどおり、作品を一点一点をじっくりと見ている人が多く、作品の前には途切れることのない人だかりがあったことが大変印象的であった。
今回話題になった「16 歳未満は保護者同伴推奨」に関しても、会場の入り口に小さく書かれているだけで実際はそれほど大きく規制されているわけではなく、私が足を運んだ際も、見た目 16 歳未満のように見える人も何人か見受けられた。
また、16 歳以上の「大人」も、10 代から年配者まで大変幅が広く、一人で見に来ている方、ご夫婦か恋人同士らしきカップル、学生たちのグループ、そしてもちろん旅行者たちと、「こういった層が来ている」と一言では言い表せない多様な参加者がいた。
■特設の展覧会グッズコーナーにも多くの人が
- Photo: 春画展のリーフレット。丸く切り抜かれ口元だけ見える表紙がいい ⒸJunko YAMAMOTO
じっくりと展示を楽しんだ後は、会場前に設置されているグッズコーナーへ。春画展のグッズだけを扱った小さなコーナーだが、こちらも人だかりが。
展覧会図録は40 ポンド(ハードカバーは50ポンド)。560 ページ、420 の図版が掲載されている。(図録紹介文より)
※大英博物館公式サイト、及びアマゾンでも販売中
その他、春画展のオリジナル・グッズとして、マグカップ、扇子、タオル、手鏡等、その他関連本が販売されている。
主に喜多川歌麿「歌枕」(部分)の図版がプリントされているオリジナル・グッズは公式サイトでも購入できる。
以上、写真を中心に公開されたばかりの春画展の模様をお伝えした。私は春画どころか日本美術にも疎いので、展覧会内容自体に切り込んだ内容ではないが、少しばかり現地の様子を紹介することができただろうか。
春画展は開始したばかり、来年 1 月 5 日までが会期となっている。日本で巡回展を行うかどうかは気になるところではあるが、もし今年中にロンドンを訪れる予定のある方はぜひ大英博物館の春画展へ。興味深い日本を発見することができると思う。