アグロスパシア ・クリスマス特別企画:『詩人の夢』
アグロスパシア クリスマス特別企画:『詩人の夢』
クリスマス・イヴに自分自身の過去…子供時代からのプレゼントが届いたら、みなさんはどう思いますか?
今回、『アグロスパシア』はクリスマス特別企画として、中学・高校時代に星新一を思わせる、ちょっと不思議な短編を次々と書いていた、今は会社勤めをしている編集長の友人に頼みこんで、むかしむかしの作品を発表させてもらう許可を取りました。クリスマスにちなんだ作品を探してもらったので、これは大学生か、大学卒業直後ぐらいの時期の作品とのこと。それでも、少数の友人以外の誰の目に触れることもなく静かに眠っていた作品が、今、時空を超えてみなさんの元へと届けられるのは、クリスマス・イヴらしい、ちょっと不思議なプレゼントだと思いませんか?
おそらく、高校、大学の頃に小説やSF、マンガ、イラストを描いていたという方は多いことでしょう。それらの作品のほとんどは、どこか引き出しの奥深くにしまわれたままになっているのではないでしょうか?
『アグロスパシア』では、そうした「今の自分ではない自分」の懐かしい作品をコンテンツとして改めて世に送り出すプラットフォームがうまく作れないか・・・ということを考えているところですので、そうした試みにご興味のある方は、ぜひ、「いいね!」をよろしくお願いします。
- Photo:クリスマス・イヴの夜、目覚めた詩人
All rights reservedⒸAgrospacia 2013
クリスマスイブの夜、ある貧しい詩人が眠りにつこうとしていると、枕元に見知らぬ男がやって来た。
「こんばんは」
男が言うので、
「こんばんは」
詩人も答えた。
「あなたサンタクロースですか」
「違います」
男は憮然として答えた。
「そんな名前で呼ばれたことはありません。ほら、プレゼントなんて何も持っていません」
と両手を広げて見せた。
「じゃあ、一体誰なんです」
「ただの名も無い男ですよ。さあ行きましょう」
男はベッドの中の詩人を無理矢理起こし、腕を引っ張ってどんどん家の外へ出て行った。詩人は袖を引かれ小走りになりながら、「行くって、どこへ行くんですか」と息を切らして尋ねた。
「ちょっと上の方へ。おっと、足元に気をつけて」
気がつくと、少し体が宙に浮いていた。
「わあ、何だ、一体どうしたんだ。私はどうなってしまうんだ」
「大丈夫。危険はありませんから。少しつき合って下さい」
そのまま男と詩人は夜の空へ上昇して行く。段々加速度がついて、みるみる家が、もみの木が、川が、山が小さくなって行く。山の頂を過ぎる時、ブナの梢を揺らす風がパジャマの裾をはためかせた。
「ああ、ああ、これはきっと天国へ行くのに違いない。短い人生だった。あなたは死神なのですね。どうしてこんなに早くお迎えに来たのですか。私にはまだやり残したことがたくさんあった。金持ちになって世界旅行したかった。世界の三大珍味を食してみたかった。いや一度でいいからノーベル文学賞・・」
「違いますったら」
男は当惑して少し大きな声を出した。
「言ったじゃないですか。私はただの名も無い男です。あなたに ちょっと見せたいものがあるだけ。すぐに帰してあげます。サンタでも死神でも何でもありません。それでいいでしょ」
もう既に地球の丸みがわかる程、上空へ昇っていた。静かだがマッハのスピードで上昇していたので、じきに地球は足元に一個の青い星となった。
「やあ、見てごらん。地球は本当に青かったんだなあ。綺麗だなあ。私の星、私のふるさと。ふるさとは、遠きにありて思うもの・・」
涙ぐんでいる詩人の目の端に、突然三輪車に乗った男の子が写った。ぎょっとして振り向くと、その子は宇宙空間の中で3秒程三輪車を漕いでから、またふと宇宙の暗黒の中へ消えた。
「な、何だ。今の見た?私は幻を見たのか?」
「ああ、あれは誰かの子供時代ですよ」
男は事も無げに分けのわからない事を言った。
「見てご覧なさい、あれ」
前方を光り輝く海蛇がゆっくりと泳いでいく。
「宇宙に海蛇がいるとは。妙に大きくて光っているが、気づかれたら 危ないんじゃないのかね」
「あれは海蛇座です。別に危険は無いですよ。全長一万光年もあるん で小回りが効かないもんですから」
気がつくとあたりは360度、ダイヤモンドを散りばめたような星々の冷たい輝きで満たされていた。
ロングヘアの巨大な女性が宇宙空間に横たわっている。顔はこちら側にむけているが、あまりに巨大なので投げ出された足の方は遥か彼方で見通せない。
「あの大きい女の人は誰ですか。ちっとも動かないねえ。生きているんだろうか」
「彼女は乙女座ですよ。こうして見ると乙女って感じでもないですけどねえ。でかすぎて」
いきなり、右方向から二輪の馬車が駆け込んで来た。鎧を身につけた騎手が鞭を振り上げて、疾駆する馬を御している。それはやはり3秒程後に、ふっとかき消えた。
「また変な物が見えた。今のは何なんだ」
「今のはローマ時代の戦車です。音声付きでなくて良かったですよね。ガラガラとすごい音がするんです」
「君は、さっきから何を変なことばかり」
詩人はムキになって言った。
「誰かの子供時代だとか、ローマ時代だとか。そんな昔のことが、今 目に見える訳ないじゃないか」
「ご存知無いんですよね」
男は横顔のままふっと笑って言った。
「あなたは過ぎ去った時というものは、そのまま消滅するものだと思っておられるでしょう。ところが、それらは全てこの宇宙空間に螺旋状に立ち上って来て、そこら中をさまよっているのです。まあ映画のフィルムのようなものですね。ただ、人の目には決して見えることはありませんけど」
「何だって。じゃあ、例えば私が生まれた時から今までの歴史も全てこの宇宙に?」
「そう、刻一刻過ぎ去る時は全て、この宇宙中をさまよっています。全人類の過去、あなたのペットの昨日、庭のもみの木の10年前、3秒前のポリバケツ。1秒前のあなた。この世のありとあらゆる事柄は全て、どこかそこらを漂っている筈です。見えませんけど。もし人の目にそれが見えたら、宇宙は月や星どころじゃなく、とんでもないパニック状態の空間に見えることでしょう」
「ではどうして私にはそれが少し見えたんだろう」
「それはもう」
男は少し胸を張って言った。
「私が一緒にいるからですよ」
「じゃあ見せてくれ。私の生まれた時を。私の母の生まれた時を。いや、恐竜時代、地球創世記・・」
「ちょっと待って下さい」
男は当惑し、手を挙げて制した。
「私にだって、そこまでは出来ません。何がどこにあるのか、私にだってわからないんですもの。たまたま近くに来たものが私のパワーに触れた時、ほんの僅か具現化するだけです」
「何だ、そうなのか」
詩人は少しがっかりした。
「しかし、君はすごいパワーがあるんだな。
それにそんな知識、どこで仕入れたの?」
「いや、ごく自然に知っていただけですけど」
遥か下方で小熊が遊んでいた。詩人はあれはどこかのクマの過去かと思ったが、いつまでも消えないので、きっと小熊座なのだろうと考えた。
- Photo:詩人の頭の中に広がる宇宙
All rights reservedⒸAgrospacia
そうしている間にも二人は尚どんどん上昇していた。段々と、あたりの星の数が減ってきているようだった。
上の方でいきなり花火が上がった。赤い縁取りのある青い菊の花のような花火は、一瞬の開花の後にかき消えた。
「やあ、綺麗ですねえ。宇宙で見る花火もまたオツなもんですねえ」
「そうかね、かえって寂しいよ」
最初の興奮が冷め、段々オセンチな気分になってきていた詩人は、暗い声で言った。
「ああ、宇宙というものは、一人窓辺で物思いにふけりながら見上げているのが一番良いな。こうして自分自身が漂ってみると、私のあまりの小ささ不甲斐なさが身にしみて、切なくなってくる。神はどうしてこのような訳のわからない物を作りたもうたのだろう」
「あなた、ご存知ですか」
男はまたも横顔に謎の笑みを浮かべて言った。
「宇宙というものはどこから始まりどこで終わるか。宇宙とはそもそも何であるか」
「ああ、宇宙論てやつだろう。ちょっと流行ってたよね」
詩人はぞんざいに答えた。
「そもそもの始まりはビッグバンで、それで、この宇宙には始めも終わりも無いんだろう。諸説あるが、まだ決定的な説は無いらしい」
「そりゃそうですよ、だって信じられますか、そんなこと」
男は詩人に顔を近づけて、真顔で言った。
「始めも終わりもない広がりなんて、あなたイメージ出来るんですか」
「私には全くわからん。門外漢だからね」
「教えてあげましょうか、本当のことを」
男は更に近づいて言った。詩人は思わず二歩後ずさった。
「この宇宙はね、頭の中なんです」
「な、なにぃー?」
「とある何者かの、頭の中なんですよ。私たちはその頭の中の細胞の、更にその中の原子に住み着いた生き物なんです。いいですか、原子記号を思い出して下さい。宇宙の星の動きがあれと同じって、今まで気づきませんでしたか」
「そ、そんなこと・・」
「人間がいくら頑張ったって、わかる訳ないですよ。例えば猫にたかったノミには、宿主の猫の全体像なんてわからないでしょう。そしてね、私たちが泣いたり笑ったり、死んだり生まれたり、これはみんな、その宿主の、夢なんです」
「ゆめ・・?」
「そう、まったく騒々しい夢を見てるもんですよね。とんでもなく長く、そして文字通りとんでもない夢をね。でもその宿主にとっては、ほんの一瞬のことなんですけれどもね」
「そんな突拍子もないことがあるか。何で君にそんなことがわかるんだ。大体だね、そんな天文学的に大きな頭の持ち主なんてものは・・」
「大きいですか」
男は皮肉に微笑んだ。
「私たちが小さすぎるんじゃあないですか」
詩人はぐっと詰まって黙り込んだ。男は少し後ずさりしながら、
「考えても見て下さい。私たちもみんな、頭の中に同じ宇宙を持っているんですよ。細胞があって、原子があって。もしかしたら、その中にも何かが住み着いているかもしれませんね。私たちと同じように騒ぎながら、夢を見させてくれてるのかも」
男は更に後退していった。
「だから、この宇宙だってわかったもんじゃない。この壮大な頭の持ち主は、あなたかもしれない、ひょっとして私かもしれない」
今や男はかなりのスピードで詩人から遠ざかりつつあった。詩人は男を追いかけようとしたが、何故か足が動かなかった。
「待ってくれ、置いて行かないでくれ。君は、いや、あなたは一体誰なんだ」
「ただの名も無い男だと言ったでしょう。ではごきげんよう。良いクリスマスを」
男はつむじ風に舞うように宇宙の彼方へ飛んで行き、詩人の視界から消えた。
ふと気がつくと、まばゆい朝の光が部屋を満たしていた。詩人は何事も無く、自分の部屋のベッドの上でクリスマスの朝を迎えていた。
「不思議な夢を見たものだ。まだ体が何かこう、ふわふわした感じがする」
詩人は起き上がると、しばらくぼんやりしていたが、ふと頭の中に作品のイメージが溢れているのを感じ、急ぎ紙とペンを引き寄せると、憑かれたように書きなぐり始めた。
『夢の夢』
夢を夢見て百万里
頭の中を経巡れば
我細胞の如くなり・・