2020/08/05 17:59

コロナウイルスによる学校閉鎖
―イギリスの学校はどう対応したか

Photo:Zoomでの授業中。iPhoneではいつも隣に座る仲の良い友達とのFaceTimeで同じ授業に参加 ⒸAkiko Bianchi

コロナウイルスによる学校閉鎖―イギリスの学校はどう対応したか

by ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

ビアンキ曉子さんは英国のLondon School of Economicsで修士号取得後、日本に帰国して外資系金融機関に勤め、その後、ご主人の転勤でロンドン、香港での駐在を経験。2010年からはニューヨークで暮らし、二人のお子さんの子育て真っ最中です。留学や駐在先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験したことを活かし、現在は、JADP 家族療法カウンセラー、内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ・ジャパンによる認定マザーズコーチとして活躍されています。現在海外で生活中の方、あるいは、これから海外で子育てにチャレンジする皆さんの子育てが少しでも楽に、そして楽しく、より充実した生活になるようにと願い、NY発の様々なお役立ち情報を発信する連載をお願いしてきました。そのビアンキさんが、今度は再びロンドンへ転勤となりました。新たなロンドンでの子育て、お子さんたちの教育について引き続き寄稿して頂きます。

Photo:この日の体育の授業はヨガ ⒸAkiko Bianchi

 イギリスでは6月1日から幼稚園生と5年生(小学校最終学年)の登校が始まりました。小学校全学年の登校再開を目ざし、公立校と私学が一丸となって政府と交渉を重ねたかいがあり、2週間遅れで残りの学年を含めた小学校の開校は認められました。

 今から3ヶ月前、ボリス・ジョンソン首相の第1回目のコロナウイルス会見にて学校閉鎖の発表があると予想されていましたが、こどもの感染は極めて低いことと、集団免疫を高める政策に則り閉鎖とはなりませんでした。しかしながら学校は閉鎖に備えて準備を始め、生徒たちは全教科分の重い教科書を毎日背負い登下校しました。そしてその翌週、学校閉鎖は突然始まりました。その時点では、Zoomなどの授業は行われませんでした。毎夜、担任の先生から翌日分の時間割と課題がメールにて送られ、全てを印刷し、つきっきりで課題をこなしました。文章を読むのがやっとの1年生の次女、指示を読むだけでも疲れてしまったり、よく理解できなかったり、日々の課題をこなすのがやっとでした。その反面、中等部1年生(日本では6年生)の長女には手が回りませんでした。長女は分からないところを聞きにくるくらいで自分の部屋に篭り勉強していました。「学校にいれば一緒だから」と言う理由で、友達とのビデオコールをし続けていました。普段は宿題もキッチンの一角で次女と一緒にしており、ラップトップや電話も部屋には持ち込ませませんでしたが、今では静かに勉強するため寝室に。勉強をしているのか、友達とお喋りしているだけなのか。そして、インターネットやソーシャルメデイアを長時間見ていないか心配でしたが、この時は見て見ぬ振りをしていました。正直なところ取り敢えず課題さえこなしてくれていれば、それで良いという思いでした。私は、家族が家にいることにより増えた家事や家庭内のこと、次女の先生代わりに疲れ切っていました。誰よりも1週間半後の3週間の春休みが待ち遠しくてなりませんでした。

 その3週間の春休み後、娘たちの通う学校の迅速で、期待以上の対応には感謝しかありません。長女のいる中高等部は普段からオンラインのアプリを使っています。宿題の提出や、テストに関する連絡事項などは教室で口頭で伝えられるだけでなく、オンライン上に記載されます。また、課題によってはそのアプリに添付されているリンク先のアプリで宿題をする事もありました。リモートスタディーが始まってからも同じアプリを使い続けることにより、オンライン授業への移行をスムーズにしました。目を見張ったのは、カリキュラムを大幅に変更したことです。イギリスは日本と同じく政府からの指針に基づき授業を進めています。その範囲内で生徒たちが家庭で無理なくできる様に修正を加えました。1時限40分で9時限を自主学習するのはあまりに慌ただしく、無理がありました。そこで1限を60分で5時限としました。主要科目は集中力のある午前中とし、少なくとも2科目はZoomで行っています。内容も生物の授業でコロナウイルスを始め、ペストや黒死病などのウイルスについて学んだり、ウェルビーングについて学ぶ授業では、ロックダウンによる不安定になりがちな気持ちに安定をもたらせたり、今ある状況をポジティブに捉える様な内容となりました。午後の科目は提出期限の長いプロジェクトをベースとし、任意で提出というものもあります。プロジェクトの例としては、家に楽器のない人でもできる様にコンピューターを利用して作曲したり、他国の音楽祭を企画する課題が出されました。この音楽祭の企画では、その国独特の音楽を調べ、都市の選定、観客の想定、屋台で振る舞われる食べ物などについて調べあげます。他に興味深いものとしては、科学の実験を家庭でできるものへの変更や、生徒が一緒に発表するはずだった演劇は、スマートフォンを使って架空の映画の予告編作りをしました。

Photo:ヨーロッパ終戦記念75年を祝ってのティーパーティー。当時のレシピで作ったケーキ。ワンピースはイギリス国旗の赤、青、白 
ⒸAkiko Bianchi

 次女の通う初等部では、新たなアプリが導入されました。各時間割にZoomやユーチューブのビデオやパワーポイント、課題などのリンクが貼ってあります。その時間割に沿って勉強をし、課題の提出もそのアプリへアップロードします。翌日には、正誤と先生のコメントが得られます。次女は、この先生からのポジティブなコメントを楽しみにしていました。何度も何度も読み返したものもありました。春休み中にアプリの選定から始まり、先生方はそのアプリやユーチューブの使い方などを遠隔で学んで下さいました。先生方の役職や教科に関係なく、コンピューターやアプリ、ソーシャルメディアなどに得意な先生が中心となり、先生全員が使いこなせるまで遠隔での講習会を開かれたそうです。これにより先生方の間でのメディアリタラシーが標準化されました。今までZoomすら聞いたこともないと仰っていた年配の初等部校長先生は、今では毎週全校集会用のお話をご自分でビデオ撮影し、ユーチューブにアップロードしています。先生方は3週間、休みなしで対応して下さったそうです。そして最初の1週間が終わったところで各学年の保護者の代表と先生方が会議をし、使い勝手や子供の様子、そして与えられた課題の内容と量が今の状況に適しているかなどについて話し合われました。その3日後には修正を加えた時間割が発表されました。具体的には、課題の幅を設けて、最低限するものと余裕があればする課題に分け、より個別対応が可能となりました。そして音楽や美術などは提出期限を長くとるとともに、任意の提出も加えられました。まだまだ大人の助けが必要となる小学生です。特に自主学習が不得意な子供や、共働き、家族に看病の必要な人がいるなどの理由で必ずしも勉強を見て貰える訳ではない場合に対応しての変更でした。教科によっては全学年共通の課題もあり、姉妹で同じ課題をこなすことにより、親の負担を減らしました。またZoom の授業後には、質問を受けられる様に先生がZoomにログインし続けるという配慮も有りました。娘達の学校は、想像力や創造力、コミュニケーション能力を高め、リスクをとってまでもチャレンジする人を育てることを一つの教育の柱としています。学校のリモートスタディーへの対応は見事にそれを証明した形となりました。

 残念なことにイギリス中全ての生徒がこの様な恵まれた環境を与えられた訳ではありません。全ての家庭にコンピューターやiPadなどのデバイスが1人1台あるとも限りません。また意外かとも思われますが、イギリスのインターネットのインフラは非常に悪く、例えば家族全員でそれぞれがzoomをするとインターネットの容量オーバーで切断されてしまいます。その様な状況でイギリス一大きい教員の労働組合は、生徒への教育格差を広げないという意味での平等と、先生のプライバシー保護のため、Zoomの使用や個人メールの禁止を各学校へ通達しました。これにより、イギリス全生徒の90%とも言われる公立校へ通う生徒が先生とのやりとりができない状況へ置かれてしまいました。とは言え、一部では学校や先生の個人の判断でZoomやメール、電話を使用したりしているそうです。その様な生徒にとっての最善を尽くす勇敢な先生がいない、先生とのやりとりができない状況で、教育格差が広がっているそうです。教育が家庭に押し付けられた時に、それに対応できる大人がいない家庭では学ぶことができなくなってしまいます。例えば、シングルピアレント、共働きの家庭、家庭内での病人や障害者の看病、そして英語のできない移民や難民の家庭など・・・。その様な家庭の子供達にとっては学校行けないことは、学びの場を奪われる事を意味しています。

 学校閉鎖に関して、政府からは閉鎖や開校に関する発表があったのみで、どの様にリモートスタディーをするのかなどと言う指針や助言はありませんでした。そのため、それぞれの学校は独自の判断を強いられる状況となりました。学校そして家庭環境共に恵まれている私学と、限られた予算での運営となる公立との違い。公立校の中でも住んでいる地域(社会階級の差も含め)の違い。様々な違いが顕となり教育格差が広がったリモートスタディー。にも関わらずイギリスの教員労働組合の見解にある様に、インフラも含めたインターネット環境や家庭内でのIT機器の有無ばかりが強調されました。ただその根底には、学校や自治体の教育に対する対応の差が生んだ教育格差がある様に思えて仕方ありません。

PROFILE

ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

東京都出身。 高校卒業後渡英。 London School of Economics修士号取得後、2000年に帰国して外資系金融機関に勤める。夫の転勤により、ロンドンと香港での駐在を経験。2児を育児中。留学、夫の赴任先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験。現在は、JADP家族療法カウンセラー、そして内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ ジャパン認定マザーズコーチとして活動。自身の海外経験を活かし、海外生活や海外での子育てが少しでも楽に、そしてより楽しく、より充実した生活になる事を願い、コーチングを行なっている。2010年からニューヨーク、2019年夏にロンドンへ再び転勤。ロンドンの暮らしをお伝えするインスタは:third_time_the_charm_london ビアンキアキコ

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