2020/04/08 14:01

非常時に海外駐在員であるということ・・・
– コロナウイルスによって問われた「家」の概念 –

Photo:距離を保ってスーパーへの入店を待つ人々 ⒸAkiko Bianchi

非常時に海外駐在員であるということ・・・
– コロナウイルスによって問われた「家」の概念 –

by ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

ビアンキ曉子さんは英国のLondon School of Economicsで修士号取得後、日本に帰国して外資系金融機関に勤め、その後、ご主人の転勤でロンドン、香港での駐在を経験。2010年からはニューヨークで暮らし、二人のお子さんの子育て真っ最中です。留学や駐在先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験したことを活かし、現在は、JADP 家族療法カウンセラー、内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ・ジャパンによる認定マザーズコーチとして活躍されています。現在海外で生活中の方、あるいは、これから海外で子育てにチャレンジする皆さんの子育てが少しでも楽に、そして楽しく、より充実した生活になるようにと願い、NY発の様々なお役立ち情報を発信する連載をお願いしてきました。そのビアンキさんが、今度は再びロンドンへ転勤となりました。新たなロンドンでの子育て、お子さんたちの教育について引き続き寄稿して頂きます。

Photo:ヒースロー空港に掲げられたコロナウイルスへの注意喚起のメッセージ ⒸAkiko Bianchi

 それはとても異様な光景でした。われ先にと飛行機に搭乗するために列をなし、先に行こうものなら、列の後ろへ並ぶようにと怒鳴られます。人々のネガティブな感情― 不安や恐怖、そして怒りなど−が機内にも漂っていました。搭乗している人たちは、夫婦や家族、または1人、出張や、友だち同士で楽しく旅行と言うような人は1人もいませんでした。それもそのはずです。この飛行機は国境が封鎖される前にどうにか母国へ帰ろうと焦燥している人たちばかりを乗せていました。戦争が始まる直前はこういう感じなのだろうかとも思ってしまうほどに、緊迫していました。

 闘病生活にあったアメリカに住む義理の父が亡くなったその日、アメリカのトランプ大統領がイギリスとアイルランドを除く、ヨーロッパ26ヵ国へ渡航規制を2日後から始めるとの声明を発表しました。翌日のイギリスのボリス・ジョンソン首相のコロナウイルスに対する始めての記者会見で、イギリスが新たな渡航規制をかけないことを確認。その翌日、2人の娘たちを連れ、葬儀に参列するためにロンドンからボストンへ向かいました。トランプ大統領の発表を受け、ヨーロッパ中からイギリス経由でアメリカへ帰国する人たちが殺到します。空港は大混雑、大混乱となりました。

 空港でのチェックインの長い待ち時間の後、やっとチェックインできると思った矢先のことです。「日本のパスポート以外に、イギリス又はアメリカのパスポートをお持ちですか」と聞かれました。そしてチェックインカウンターの女性は、アメリカでの規制がその日の23:59から始まる事、場合によっては私は入国拒否されることを告げてきました。もちろん、私もその規制については承知しています。そこには国籍による規制はない筈です。さらに、夫がアメリカ人であること、家族の葬儀である事も当然の理由として入国できるはずです。それでも私の搭乗を躊躇する女性。「私には十分に入国資格があるはずです。そして、日本人だからと言ってコロナウイルスを持って生まれてきた訳ではないのです。私はイギリスに住んでいるので、ウイルスに感染している確率はイギリス人のあなたと同じ。あるいは、空港で働いているあなた以下なのではないのでしょうか」と訴えました。その女性は責任者へと相談へ行き、私たちの飛行機は規制の始まる前に到着予定である事もふまえ、私の「自己責任」で搭乗を許可してくれました。7歳と12歳の娘たちは、母親だけがイギリスに送還されるかもしれないと泣きそうになっていました。12歳の長女は、人種差別だと怒りも隠せません。この時ほど、二重国籍でないことに悲しみと苛立ちを感じたことはありません。もし二重国籍が認められていれば、このように同じ家族が国籍で縛られることがないからです。その後のフライトは、とにかく不安で仕方がありませんでした。ニューヨークと東京間の14時間のフライトに慣れた私たち。今回は、その半分の7時間のフライトですが、これほど長いと感じたフライトもありませんでした。飛行機は大幅に遅れ、着陸したのが11:56。規制が始まる3分前です。規制前に入国はもう無理です。気づかない娘たちは大きな荷物を持って入国審査の列まで全速力で走り続けます。私の走らなくても良いと言う声が聞こえない様子でした。そして、入国審査官に義理の父の葬儀であること、アメリカ人の夫はすでに入国し迎えに来ていることを伝えると、すぐに入国許可を下さいました。

Photo:ほとんどの店舗が閉まって街は閑散 
ⒸAkiko Bianchi

 たったの3日間の滞在でしたが、滞在中に事態は深刻化します。まるで映画のような米軍による埋葬が終わるとすぐに、私たちは空港へと急ぎました。この日からイギリスとアイルランドも含めての渡航規制。イギリス政府は、アメリカからの渡航を制限していないので、イギリスには戻れます。が、この規制によりアメリカ系の飛行機会社が次々にイギリス行きのフライトをキャンセルします。イギリスからアメリカへの乗客がない中、イギリスへ飛行機を飛ばすのは大きな損失でしょう。そのキャンセルされる光景はまるで、ニュースの台風速報で見る空港の様子のようでした。違うのは、翌日になったら、数日経てば風向きは良くなる訳ではなく、今日よりも明日、明日よりも明後日と状況は悪化するのです。今、この国を脱出しなければ家には帰れないのです。もし国境が閉鎖されることになったら、数週間、または数ヶ月、ここに留まらなくてはいけなくなります。結局、ロンドンを出る時に買った往復の航空券の10倍の価格でボストンからロンドンまでの片道のチケットを購入し、帰国しました。この値上がりにより、どれほどの人が家族の待つ家へ戻れなくなった事でしょう。このロンドン行きの飛行機は、ヨーロッパの国々へと帰国する人々の最後の望みを意味していました。この様な状況でも利益の追求しかできない人がいることに絶望を覚えるとともに、家族一緒に帰国できたことに心より感謝しました。

 では何故、そこまでして私達が葬儀へ参加したのか。それは、それがその時の私達にできる最大の事だったから。そこまでの思いをして家族に会いに行く、愛を届けることが夫や父を亡くした家族にしてあげられることだったから。特にコロナウイルスによって人と一緒にいることが規制され握手やハグもできない中、側にいることの重みをみなが感じているから。人との温かい繋がりに心が助けられるから。

 刻一刻と事態が悪化し情勢が変わる中で、主人と話し合ったのはイギリスに帰る必要があるのかと言うことでした。つまり、私達の「家」はどこなのか。この様な状況な中、特に夫にとっては実父を亡くしたばかり。離れていたから看取ることすらできませんでした。とにかく家族と一緒に居たいと言うのが一致した意見。私たちの家族や親しい友人たちはアメリカと日本にいます。そのどちらかを選ぶことは到底できません。半年前に引っ越したばかりの家族も友だちもいないイギリスに帰ろうと思ったのは、今の生活の基盤はここにあるから。そして、すでに国境閉鎖したアメリカにいると日本へ行けなくなってしまうから。その時点では国境を閉鎖していないイギリスにいれば、アメリカへも日本へも行ける可能性が残ると思ったからです。私たちにとって大切なのは今現在の生活と家族。コロナウイルスに世界が征服される前の生活では深く考えたこともない、「家」の概念。皆さんならば、どこを家と呼びますか。もし東京がロックダウン(封鎖)された場合、別都市のご両親、ご家族に会いに行くことが難しくなります。それでも、今住んでいる所に留まりますか。それとも、ご家族の元へ戻られますか。1週間を過ぎたロンドンのロックダウン。家族が健康で楽しく最低限の暮らしができていることに幸せを感じ、感謝しています。

PROFILE

ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

東京都出身。 高校卒業後渡英。 London School of Economics修士号取得後、2000年に帰国して外資系金融機関に勤める。夫の転勤により、ロンドンと香港での駐在を経験。2児を育児中。留学、夫の赴任先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験。現在は、JADP家族療法カウンセラー、そして内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ ジャパン認定マザーズコーチとして活動。自身の海外経験を活かし、海外生活や海外での子育てが少しでも楽に、そしてより楽しく、より充実した生活になる事を願い、コーチングを行なっている。2010年からニューヨーク、2019年夏にロンドンへ再び転勤。ロンドンの暮らしをお伝えするインスタは:third_time_the_charm_london ビアンキアキコ

ビアンキさんへの執筆、講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談、また、記事に対する感想などがありましたら、info@agrospacia.comまで。