頭の中はいつもヴェルディ/編集長のコラム Vol.16
編集長のコラム Vol.16
自由香港永遠なれ・・・
- アートバーゼル、美術系出版社のブース
香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は7月9日、6月から大規模デモが続いている香港での「逃亡犯条例」改正案(中国本土への容疑者引き渡しを可能にする)について「条例案は死んだ」と発言。しかしながら、6月9日に主催者側の発表(1997年の香港の中国返還以降最大規模のデモになったとされる)で100万人を超える参加者を集めた市民による抗議行動は未だ終息する気配を見せていない。
7月10日、Japan Economic Foundation発行のジャーナルに筆者が寄稿した”Art Basel Hong Kong: Ever Growing Asian Art Market”が公開されたが、入稿したのはデモが始まる前の5月中旬のことだったので、「今後の中国本土からの影響についての懸念」部分に触れた中で、その時点での自分のアセスメントに大きな誤りがなかったかどうか予断を許さず、香港情勢についてはずっと注目してきた。一時は市民側の要求は無視されるのではないかという予測が強まり、現状に鑑みて記事の訂正をすべきかどうかとやきもきし続けていた。
拙稿の中で触れているが、3月末に香港を訪れた折り、表現の自由にかかわる問題に絶えず注目している美術関係者や街の空気に敏感な飲食店経営者などに、「今後強まることが予測される中国本土の影響をどう思うか」と質問した。彼らがそれに答える際、一様に声をひそめたことは気になったが、その時点では今回のような大規模デモが起きる事態は想定されておらず、漠然とした懸念ということで、もっと遠い未来の問題のような捉えられ方という印象しかなかった。「雨傘運動」の時にも香港の街中で暮らしていたアメリカ人の友人と話をしても、「香港の人々は長いこと抑圧と共存してきた。どんな相手であっても簡単に屈することはない」ときっぱり言われた。ましてや、空前とも言える活況の美術市場をアートバーゼルで目の当たりにし、香港の繁栄はグローバル・スタンダードに基づく自由な商取引が保証されていてこそという実感を噛みしめていたので、「香港が富裕層向けの嗜好品の市場としてアジアNo.1であり続ける限り、香港の自由は保証されるだろう」というのが、その時の私の見立てであった。確かに外資系の飲食店でマネジャーとして勤務するマルチリンガルで、高い教育を受けた若者などは、「将来どこで暮らすかについてはわからない」として、「香港人である以上、北米、オーストラリア、英国などに親戚がいるので、いよいよとなったら海外移住という選択肢がある」と述べてはいた。6月に入って激化するデモの映像を見ながら、「今、あの時に話を聞いた彼らは何を思っているだろう」と考えずにはいられなかった。
その後、香港と取引のある様々な職業の日本人、アメリカ人に「香港、これからどうなると思います?」と尋ねてみた。みな一様に「富裕層向けのビジネスが順調である限り大丈夫でしょう?」と返されたが、「でも資産をシンガポールに移したという人もかなり出ていますよね」と言うと、口籠ってしまう人が多かった。もはや、誰も楽天的ではいられない。
それでも、「長い間抑圧と共存してきた香港人には知恵があり、無条件で相手に屈することはない」と皆が信じている。アートバーゼル香港の来年の日程はすでに公表されてもいる。今から来年の3月までの間に何が起きるかについて安易な予測などできないが、誰もが香港が変わらず、いつまでも世界の富裕層を惹き付ける魅惑的な島であり続けることを願っているのだ。香港にはアジアで一番の美術市場であり続けて欲しい。我は願う、自由香港、永遠なれ・・・!