谷 卓司(たに・たくし)
大阪市淀川区でデザイン事務所 T&T Design Lab.を主宰。文教系のクライアントが多く、紙から音・映像まで幅広いメディアを守備範囲に、編集業務を得意とする。ボランティア活動にも意欲的で、母校同窓会では月例の講演会(六稜トークリレー)のお世話を2003年の立ち上げから継続、現在162回を数える。岡山県立大学で非常勤講師。ゲームヲタにして鯨(くじら)フリークとしても知られる。
文化を通じて人に投資するお隣の国・韓国
ーソウル・レポート1
文化を通じて人に投資するお隣の国・韓国
ーソウル・レポート1
大阪市でデザイン事務所 T&T Design Lab.を主宰する谷 卓司さん。もともと文教系のクライアントが多く、紙から音・映像まで幅広いメディアでの編集業務を得意とする彼は、長年にわたる世界の美術館・博物館ウォッチャーでもあります。今回は2018年度「世界博物館の日(5月18日)」を記念して、UNESCO傘下のICOM(International Council of Museums)と韓国国立中央博物館、韓国博物館協会が共催したカンファレンスと、近年新しく設置された主に現代美術系のミュージアムを中心に、大学時代から数えて3回目となるソウルで、現地で目にした最新情報を報告してもらいます。
- Photo:デザイン性の高いブランドが集積するデザインラボ。ギャラリー、ショップのほか、カフェスペースも ⒸTakushi Tani
2018年5月16日。韓国国立中央博物館で開催される国際カンファレンスの二日ほど前に現地入りしようと、五月晴れの関空を飛び発つと、ソウル上空は厚い雲に覆われていた。追い風に乗ったせいか、フライト時間は短かかったものの揺れがひどく、金浦空港は先刻まで降っていたであろう激しい雨の痕跡の中にあった。スーツケースを転がして歩いていると、すぐに流暢な日本語を話すタクシードライバーに捕まったが、鉄ヲタの僕はそれを丁重にお断りして、地下鉄9号線に乗り込んだ。
- Photo:デザインラボのギャラリー展示 ⒸTakushi Tani
ソウル特別市のほぼ中央に位置する龍山(ヨンサン)地区は、かつて朝鮮半島を占領していた旧・日本軍の基地があった所で、今は在韓米軍が駐留する再開発地域である。また電子パーツ街としても有名で、そこいら中にアキバ・日本橋と酷似した店舗が軒を連ねている。
この龍山に去年10月オープンしたばかりのスタイリッシュな複合ホテルがソウル・ドラゴン・シティで、趣向と価格帯の異なる4つのホテル群で構成されている。フランス、パリに本拠地を置く、アコーホテルズ (AccorHotels)系列だ。師匠(岩渕潤子・『アグロスパシア』編集長)は、今回、韓国国立中央博物館で行なわれる国際会議のスピーカーとして公式招待されているため、アゴアシつきの正真正銘のVIPだからノボテル・スイートに部屋が用意されていたが、勝手秘書(用心棒ともボディーガードともいう)の僕は、隣のイビス・スタイルに部屋を確保。リーズナブルかつカジュアルな雰囲気のしつらえが気に入った。
師匠は羽田から夜の到着予定だったため、顔を合わせるまでにまだ時間的余裕があった。周辺の土地カンを得るため、単身街歩きに繰り出すことに決めた。ガイドブックをパラパラめくり、東大門(トンデムン)デザイン・プラザに目的地を定めた。
- Photo:ザハ・ハディドのインタビューが上映されていた Ⓒ Takushi Tani
傘をさすべきか迷う程度の小雨がそぼ降るなか、東大門の前に降り立つ。目ざすDDPは門から南の方角、東大門歴史公園の一角に横たわっている。どこか見覚えのある有機的な曲面フォルムは、ご存知アンビルトの女王ザハ・ハディドの設計だ。
東京五輪2020の新国立競技場(案)は、残念ながら彼女のアンビルト・リストのほうに追加されてしまったが…。こうして実現したDDPを目の前にすると、その圧巻の存在感に、しばし心を奪われてしまった。建設コストも維持費用もきっと莫大なものに違いないが、それを「誇り」として受け入れる土壌(覚悟?)さえあれば…文化に対する本気度が試されているような気がした。
- Photo:子ども向けの体験型施設「デザイン遊び場」 Ⓒ Takushi Tani
DDPは次の3つのゾーンで構成されている。
A(アートホール)
M(ミュージアム)
D(デザインラボ)
アートホールはファッションショーやセミナー、国際フォーラム、新製品発表会などに使用することのできる3つの貸空間からなり、ミュージアムは常設展示のデザイン博物館のほかに、子ども向けの体験型プレイルーム(要予約)なども準備されている。また、デザインラボにはライブラリー機能を備えたアカデミーホールや、IKEAとコラボしたデザインラウンジのほか、アート性・デザイン性の高いグッズを販売するテナントを集めたショップフロアなどがある。
テナントスペースには少し空きが目立っていたが、カフェやショップフロアにはトレンドに敏感な若者の姿が多く見られ、地下鉄の駅にも直結しているほか、24時間稼働の駐車場も併設されていて、アクセスは申し分ない。
- Photo:デザイン遊歩道 Ⓒ Takushi Tani
そもそもここには東大門運動場があった。1925年開業のサッカー場を起点とし、1959年には野球場もオープン。ソウル市民の娯楽の一翼を担っていた。収容能力は22,706人で、1986年のアジア競技大会や1988年のソウルオリンピックでもサッカー会場として使用されたが、2002年FIFAワールドカップの際に麻浦区に新設された競技場(収容人員66,704人、サッカースタジアムとしてはアジア最大)に役割を譲り、2007年11月のさよならイベントで完全閉鎖された。DDPはその跡地利用の再開発プロジェクトとして2014年3月に誕生したという。