2017/11/15 09:01

アメリカ大統領選挙からの1年を振り返って

Photo:トランプ・タワーの入り口 ⒸAkiko Bianchi

アメリカ大統領選挙からの1年を振り返って

by ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

ビアンキ曉子さんは英国のLondon School of Economicsで修士号取得後、日本に帰国して外資系金融機関に勤め、その後、ご主人の転勤でロンドン、香港での駐在を経験。2010年からはニューヨークで暮らし、二人のお子さんの子育て真っ最中です。留学や駐在先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験したことを活かし、現在は、内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ・ジャパンによる認定マザーズコーチとして活躍されています。現在海外で生活中の方、あるいは、これから海外で子育てにチャレンジする皆さんの子育てが少しでも楽に、そして楽しく、より充実した生活になるようにと願い、NY発の様々なお役立ち情報を発信する連載をお願いしました。

Photo:ヘイトではなく愛こそがアメリカを
偉大にする! ⒸAkiko Bianchi

 その日の朝、「おはよう。悪い知らせがあるの。」と、小学生の長女を起こすと泣き出しました。「日本のおじいちゃんとおばあちゃんにはまた会える?」 「〇〇ちゃん(イスラム教徒の友人)は、アメリカから追い出されちゃうの?」「戦争が起こるって誰かが言っていたけど、本当?」と立て続けに質問してきました。お母さんにだって分かりません・・・私もあまりのショックで気持ちが混乱していました。とりあえず、学校に連れて行けばどうにかなると思いました。きっとこう言う時は、一番の信頼をおいている学校が年齢に合った最良の方法で対処してくれるに違いないだろうと・・・。そして外へ出ると、いつものニューヨーク特有の活気有る雰囲気は感じられず、まるで街全体が喪に服したかの様です。もしハルマゲドンと言うものがあるのならばこんな雰囲気なのでしょうか。世紀末とでも呼ぶにふさわしい程に暗く、重い空気に飲み込まれそうでした。これは、大統領選選挙開票結果の出た、昨年の11月9日の朝のニューヨークの風景です。アメリカ大統領選挙の有権者による投票は11月8日でしたが、選挙結果は翌日の9日に知る事となりました。

■日本人の女性であるということ

ここで改めて言うまでもなく、私は日本人の女性です。ドナルド・トランプ氏が選挙中から差別発言していた有色人種、そして、一切の敬意を払わなかった女性。子ども達たちも有色人種であり、女性です。その子たちをここアメリカで育てる不安。ニューヨーク大学や、コロンビア大学にですら起きた差別や、家から数分のところでアジア人の女性が怒鳴られたり、イスラム教徒の服装であるヒジャブ(スカーフの様な布で頭髪を隠すもの)をつけていた女性が「ヒジャブを取らないのであれば、この国から出て行け」とバスに乗り合わせた白人女性から言われ、ヒジャブを脱がされそうになったりしたことなど、選挙結果が出たその日だけでも、次々に身近で起きた差別の話を聞きました。そして、それからこの1年間繰り広げられている、アメリカ国内での人種や思想間での激しい衝突や暴動も後を絶ちません。

■親としてどうドナルド・トランプ氏の勝利を子供に説明するのか

 差別に対する不安や恐怖、将来への心配と同時に、この選挙結果を子どもたちにどう説明するか、ということに多くの親たちは悩まされました。常に子どもたちへは、人に優しくすること、人を見た目で判断しないこと、みんなと仲良くすること、相手の気持ちを重んじること、礼儀正しくすること、誰に対しても平等であること・・・人種のるつぼといわれるニューヨークだからこそ、多様化を認めるように、少しずつですが多くのことを伝えています。しかしながら、大統領に選ばれたその方は、その模範ではなく、子どもには学んで欲しくない人。そして子どもたちから問われる「なぜ?」「どうしてあの悪い人が国家一の権力を持ち、国民のために正しいことをする大統領に選ばれたの?」と言う質問にどう答えたら良いのか。 親たちの悩みに答えるかの様に選挙結果の出たその日に、多くの小児心理学者や、小児精神科医、教育学の専門家などが、次々とブログや新聞、ユーチューブにアドバイスの記事を掲げました。でも、よく考えて見て下さい。説明に困る様な人が大統領に選ばれる事、そしてこの様なアドバイスが掲載される事自体が異様なのではないのでしょうか。

Photo:フィラデルフィアにある自由の鐘(Liberty Bell) ⒸAkiko Bianchi

■異なる政治思想のある家族や友人との今後のつき合い

 アメリカには感謝祭を祝う習慣が有ります。毎年11月第4木曜日と決まっており、家族や友人と一緒に時を過ごします。特別な食事の前には、一人ずつ感謝している事について話したりもします。普段なかなか口にできない家族や友人へのありがとうの気持ちや、健康や、ささやかだけれど幸せな暮らしへの感謝を伝え合います。ところが、昨年のこの感謝祭は大統領選の2週間後。感謝祭直前には、家族間で支持者が違っていた人のために、アドバイスを載せた記事が多く見られました。実際に「トランプ支持者である家族とどのように感謝祭を過ごすか」というようなタイトルの記事もありました。感謝祭が台無しになった知人の話も聞きました。そして今、多くのトランプ支持者がカミングアウトし、違った価値観を持った家族や友人と、どのように付き合っていけば良いのか。両親の考え方は子どもにも影響を及ぼすでしょう。例えば、そのような家庭の子どもに我が子は差別をされたりはしないでしょうか。今は子ども同士の仲がどんなに良くても、その様な異なる価値観の家庭の方と今後も今まで同様に接していて良いものなのか・・・。毎回大統領が代わる度にこの様な異常な事態が起きているわけではありません。では、なぜ、この様な前代未聞の事態になったのか。前回の大統領選挙は、アメリカ国民の真の価値観が試されたのではないのでしょうか。様々な差別を認める様な発言をしても良いのか。銃所持を認め、「犯人をその場で射殺できていたならば、それは、とても美しい光景だったであろう」などと言っても良いのか。まるで悪質なネットいじめかのようにツイッターで感情的に悪口を書き綴っても良いのか。大統領としての手腕や政策よりも、ドナルド・トランプ氏個人の価値観をアメリカ国民一人一人が共有するのか否かと、投票日に問われたかの様に感じられます。(勿論、不動産王と言う評判は地元ニューヨークでは笑い話でしかないビジネス手腕と、各演説においてウケた話を繰り返す完全なポピュリズムに政策があったとも思えませんが・・・)そして、そのような人にこの国の未来を、世界の平和を預けられるのか。だからこそ、大統領選挙がより個人的なレベルへと引き下げられ、価値観という形で、1年が経った今でも私たちの日々の生活に、そしてよりプライベートなところで影を落としているのではないのでしょうか。

有権者による得票数(実際の票獲得数)では、ヒラリー・クリントン氏がドナルド・トランプ氏を上回っていたことや、大統領就任式におけるアメリカ全土で起きたウイメンズ・ウオークに代表されるようなトランプ大統領への反対の声、ヒューマン・ライツ・ウオッチを始めとする国際的な人権団体によるトランプ氏への正式な批判・・・パンドラの箱の中にも希望が残っていたように、1年経った今でも衰える事なく、多くのアメリカ国民が上げ続ける声に、一縷の望みを抱いています。

PROFILE

ビアンキ曉子(ビアンキ・あきこ)

東京都出身。 高校卒業後渡英。 London School of Economics修士号取得後、2000年に帰国して外資系金融機関に勤める。夫の転勤により、ロンドンと香港での駐在を経験。2010年からニューヨーク在住。2児を育児中。 留学、夫の赴任先での就労、妊娠、出産、子育てを4カ国で経験。現在は、内閣府認定NPO法人 マザーズコーチ ジャパン認定マザーズコーチとして活動。自身の海外経験を活かし、海外生活や海外での子育てが少しでも楽に、そしてより楽しく、より充実した生活になる事を願い、コーチングを行なっている。ライフコーチの特性を活かし、200校以上あると言われているニューヨークの私立校から、生徒やその家族にとって最良の学校選びの為のアドバイスも行う。

ビアンキさんへの執筆、講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談、また、記事に対する感想などがありましたら、info@agrospacia.comまで。