オバマ大統領と安倍首相:
真珠湾攻撃から75年めの慰霊の旅を振り返る
12月7日と27日・・・日米で受け止め方に違いはあったのか?
アメリカ合衆国において12月7日は、日本軍の真珠湾奇襲攻撃によって命を落とした兵士たちに敬意を表す全米パールハーバー追悼記念日(National Pearl Harbor Remembrance Day)と定められている。連邦政府が制定する休日というわけではないため、役所や学校が休みになることはなく、また、この記念日が制定されたのは1994年8月23日の合衆国上下両院議会承認Pub.L. 103-308によるものなので、比較的近年のことだ。
全米パールハーバー追悼記念日において、合衆国大統領は毎年、その日が国民にとってどのような意味を持つのかを思い起こさせ、追悼の式典を行なうことを呼びかける大統領声明(Presidential Proclamation)を発表する。また、当日は連邦政府関係機関や軍関係施設、退役軍人などの団体、個人が半旗を掲げて真珠湾攻撃の犠牲者を悼み、彼らの勇気、犠牲、愛国的精神に敬意を払うことが定められている。オバマ大統領も就任以来、毎年そうした声明を発表してきた。2016年は任期最後の年であり、真珠湾攻撃から75周年ということもあったので、第二次大戦当時の大統領で、オバマ氏と同じ民主党のフランクリン・D・ルーズヴェルトの言葉を引用して、「このような(日本による)卑劣な行為が二度と我々を脅かすことがないよう(”make it very certain that this form of treachery shall never again endanger us”)」に1941年の真珠湾攻撃の翌日、合衆国は日本に対して宣戦布告し、それから多くのアメリカ人が自由と民主主義という合衆国建国以来の価値観のために勇敢に戦い、多くが命を落としたことなどについて、例年より長めの大統領声明を12月7日付で発表した。
- 12月7日、真珠湾攻撃の日に戦没者を追悼するためアリゾナ・メモリアルを訪れたイゲ州知事夫妻 Photo:Courtesy of Gov. Ige’s office
安倍晋三首相が、2016年12月26〜27日にハワイを訪れ、オバマ合衆国大統領と共に真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊することを発表したのは全米パールハーバー追悼記念日直前の12月5日のことだった。「ハワイでの会談においてはこの4年間を総括し、未来に向けてさらなる同盟の強化の意義を世界に発信する機会にしたい」、また、「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない、その未来に向けた決意を示したい」と述べた。その後、12月21日にワシントンDCの海外プレス・センターで米・国務省が「安倍晋三首相の真珠湾訪問についての事前ブリーフィング」をメディア向けに開催したが、Q&Aで出た質問の九割は日本のメディアからのものだった。欧米の主力メディアとしては、BBCがハワイとの時差を気にして、放送時間のテクニカルな質問をしているが、米三大ネットワークやCNN、『ワシントン・ポスト』や『NYタイムズ』など有力紙からの質問は見られなかった。この記者会見は、基本的に「同盟国日本」のメディア向けのサービスであり、そこに新華社、アフガニスタンのメディアなど、極東地域に関係があると思われる国々の報道機関が参加するものだったように見える。
当初、本件は「第2次世界大戦で日米開戦の舞台となった真珠湾を日本の現職首相が訪問するのは初めて」と大々的に喧伝された(12月21日の国務省の事前ブリーフィングでそのような話は出ていない)が、実は1951年9月、吉田茂当時首相がサンフランシスコ平和条約に署名した帰途、経由地だったハワイのホノルルで、太平洋艦隊司令長官アーサー・ウィリアム・ラドフォードを訪問していた事実がある。今回、このことをいち早く指摘したのは、CFR(Council on Foreign Relations)の日本研究シニア・フェロー、シーラ・A・スミスの記事だったが、それだけ真珠湾は戦後の日本人にとって馴染みの薄い場所であり、ぼんやりとした記憶でしかないということだろう。
一方、アメリカ人にとって12月7日と真珠湾は、1941年のその日、日本軍が奇襲攻撃をしかけてきたことで人生が大きく変わってしまったのだから、その日命を落とした兵士たちの家族、民間人の犠牲者も少なくなかったホノルル・コミュニティにとっても、悲劇的、かつ、決して忘れてはならない記憶として伝えられている。現在のハワイ州知事デイヴィッド・イゲ氏(民主党)はハワイ生まれの日系3世だ。日米開戦と共に、日系2世だった父親は米国市民であるにもかかわらずいわれなき偏見にさらされることとなり、米国市民として自らの名誉を護るため、勇猛で知られ、”Go for Broke”のモットーで今に語り継がれる米軍の第442連隊戦闘団の一員として戦った。州知事夫人もまた日系人であり、彼女の父親も米軍の同じ部隊で戦っている。そういう彼らだからこそ、12月7日の全米パールハーバー追悼記念日は「自分のこと」であり、ハワイ州知事夫妻が追悼式典に列席することは、退役軍人とその家族らにとって大きな意味を持つというわけだ。
- 安倍晋三首相をレイで歓迎するイゲ州知事夫妻 Photo:Courtesy of Gov. Ige’s office
結果から判断すると、安倍首相の真珠湾訪問が全米パールハーバー追悼記念日ではなく、クリスマス明けの、12月末だったことは良かったと思う。真珠湾攻撃から75周年の12月7日は追悼式典や退役軍人に感謝を捧げる記念イヴェントが相次ぎ、やはり、それは疑う余地なく、アメリカ人が、祖国のために闘って命を落としたアメリカ人を憶うための特別な一日だった。そこに日本人が入り込むことはためらわれ、日本人を祖先に持つイゲ州知事も、12月7日は純粋にアメリカ人の政治家として、真珠湾のUSSアリゾナ・メモリアルを訪れていた。
一方、ホノルルを訪れた安倍首相、日本から随行したケネディ大使らを出迎えた州知事は母方の一族が安倍首相の地元、山口の出身という偶然もあってか、26日夜のハワイ・コンヴェンション・センターにおけるレセプションは、親日・友好ムードに包まれたものとなった。
- ダニエル・K・アカカ元上院議員(92歳)と談笑する州知事夫人 Photo:Courtesy of Gov. Ige’s office
レセプションには、日本人、日系人だけでなく、ハワイ駐在の軍関係者やダニエル・K・アカカ氏のように長年上院議員(民主党)を務めた有力者が招待され、また、日系の血を引く女性や子どもたちによって日本舞踊のパフォーマンスが披露された。イゲ州知事は歓迎の挨拶の中で、「ハワイと日本の関係はビジネス、友情という域を超え、私たちはファミリーなのです」と前置きしてから、「75年前、日本とアメリカは戦争をしました。明日、首相とオバマ大統領は真珠湾を訪問されます。その際、過去の歴史に敬意を表されることでしょうが、より重要なメッセージは、和解と両国間のパートナーシップです。比較的短い年月の間に、私たちは大きな前進を遂げることができました。私たちがより良い関係を未来に向けて築こうとしていることこそが重要なのです」と述べ、さらに、「第442連隊の米軍兵士としてヨーロッパで闘った父も、日米間に和解とパートナーシップが確立したことを誇りに思うに違いありません」と付け加えた。
- 記念にウクレレを贈られた安倍首相とイゲ州知事一家
(左からドーン・アマノ=イゲ夫人、長女ローレンさん、デイヴィッド・イゲ州知事、長男マシューさん)
Photo:Courtesy of Gov. Ige’s office
イゲ州知事が安倍首相と会うのはこれが初めてではなく、2014年の知事就任後、東京を訪れてもいる。その際、知事が若かりし頃、人生で最初についた仕事というのが、パイナップルの芯をくり抜くパイナップル・トリマーで、「だから、安倍首相へのプレゼントはパイナップルの形をしたウクレレを選びました」として、ハワイでは有名なカマカ・ウクレレの創業100周年限定モデル(地元の人に聞くと、1万ドルもする高価なものらしい)が知事から安倍首相に贈呈された。知事はレセプションに夫人と共に、大学生である長女のローレンさん、長男のマシューさんを伴っていたが、彼らの屈託のない笑顔は、正に日米間の「より良い未来」という方向を示しているように見え、ぜひ、そうあって欲しいと願わずにいられない。
- Photo:真珠湾慰霊訪問をリアルタイムで報じた
CNNのニュース画面 ⒸAgrospacia
翌27日、安倍首相とオバマ大統領が真珠湾を慰霊訪問し、それぞれが演説を行なった後、イゲ州知事は以下の短い公式声明を発表した。「今日、私たちはオバマ大統領と安倍首相が真珠湾で並んで立つのを見ました。二人は、75年前にその神聖な場所で示された勇気と勇敢な行為に敬意を表したのです。最も重要なのは、二人が共に寛容、和解と平和のメッセージをもたらしたことです。ハワイの皆さんは、きっと私と共に、日米のリーダーがこれからも両国のパートナーシップを継続することがハワイ州、及び、二国間にとって有益だと考えることでしょう。」
1941年12月7日の午前、真珠湾攻撃が行なわれた際、ホノルル・ダウンタウンに日本軍の零戦による直撃は無かったものの、応戦する米軍の対空砲火の爆弾があちこちで炸裂したため、オアフ島では54名の民間人の死者が出たとされる。その中には日系人の児童も含まれていた。私は、安倍首相が真珠湾を慰霊のために訪れると聞き、真珠湾攻撃で死亡、怪我を負うなどした日系人、また、日米開戦によって差別を受け、不遇の数年を送ることを余儀なくされ、自分たちの名誉回復のために合衆国軍人として戦った日系アメリカ市民への言葉が何かあるか・・・と期待したのだが、「合衆国のために多大な犠牲を払い、アメリカ人として勇敢に戦った日系人」についてかなり長く言及したのはオバマ大統領の方だった。私は日米両首脳の真珠湾での演説をCNNによる中継で、前日、イゲ州知事が安倍首相のためにレセプションを開催したコンベンション・センター近くのコーヒーショップのTVで観ていた。店内にいた人たちで、流れている映像について話題にする人はいなかった。翌28日、ケリー国務長官の70分に及ぶ演説を全米ネットワークは大きく取り上げたが、それは中東問題に関することだった。
安倍首相の真珠湾訪問が世界のメディアから概ね好意的に受け止められたことは間違いないだろう。ただ、日米間で太平洋戦争について完全に和解が成立したかというと、それは不明である。おそらくは、和解へのプロセスが始まったばかりという認識を持つべきではないだろうか。安倍首相の真珠湾訪問をきっかけに、アジアの国々への慰霊訪問こそが必要ではないかという声も各地で上がっており、日米開戦から75年を経て、日本はようやく太平洋戦争とは何だったのかについて、客観的に省みる時期を迎えたのかもしれない。
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