2016/11/04 09:43

マックタッキー・フライド高校白書:McTucky Fried High
-青山BBラボが取り組むアニメの日本語吹き替えプロジェクト-

Photo:ラボを訪れたカーニリアスくんたちと記念撮影 ⒸAoyama BB Lab

by 小野﨑姫乃(Himeno Onozaki)/ 青山BBラボ

 『マックタッキー・フライド高校白書』(原題:McTucky Fried High)は2015年2月からインターネット上でリリースされたアメリカの短編コメディ・アニメだ。日本での知名度は、まだ低いかもしれない。物語は架空の高校を舞台に、食べ物(ホットドッグやフレンチフライ、ピザなど)がキャラクターとして登場し、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者、以下、セクマイ)であるLGBTQについての課題やアフリカ系などへの人種差別、女性蔑視(スラット・シェイミング=ふしだらな女性というレッテル貼り)、SNSを通じたリベンジ・ポルノ、宗教が個人の生き方に深く介入している問題など、十代のアメリカ人が直面する現代社会の課題を重くなりすぎないように、コミカルに描いている。

Photo:「東京新聞」さんのインタヴューを終えて
Courtesy by Tokyo Shimbun

 『マックタッキー・フライド高校白書』の登場キャラクターは誰もが個性豊かで、人種、宗教や考え方の多様性はもちろん、性の多様性も表現されている。このアニメの製作チームは原作者を含めセクマイを中心に構成されており、人種や性別、性的指向も様々だ。アニメの主な狙いは、LGBTQが、実は、あなたの隣にもいるということを多くの人に知ってもらい、その認知度と共に社会的地位を向上させることにある。LGBTQという言葉は日本でもここ数年ニュースなどで話題になる機会が増え、徐々に知られてきてはいるが、まだまだ馴染みの薄い言葉ではないだろうか? 実は、日本や近隣のアジア諸国に限らず、同性婚が認められているアメリカやカナダ、UKなど、LGBTQの権利が確立されているとされる英語圏でも、セクマイに対する偏見やマジョリティとの権利の差が完全に解消されたわけではない。『マックタッキー・フライド高校白書』では、LGBTQの存在と、当事者がどのような問題に直面しているのかをよりわかりやすく、より多の幅広い世代の人たちに知ってもらい、同じコミュニティの中で誤解なく共生していくために、アニメという媒体を通して複雑な現状や問題点を噛み砕いて表現している。
 作品の中で描かれている社会問題の多くは日本国内のそれと共通する部分が多い一方、原理主義的なキリスト教の一派がLGBTQの若者たちの性的指向を無理やり変えようとして、洗脳的な矯正プログラムを押し付けるエピソードでは驚かされるばかりだ。

Photo:香取市で行われたセミナー風景の一コマ
ⒸAoyama BB Lab

 青山BB(Beyond Borders)ラボでは、『マックタッキー・フライド高校白書』がリリースされた2015年のシーズン1から、同アニメの日本語吹き替え版の制作を行ってきた。シーズン1は全5話で、それぞれ5分前後のエピソードに、様々な理由によるいじめや差別、ボディ・イメージ(肥満や過剰なダイエット)、傷つきやすい年頃に特有の恋愛模様など、現代の中・高校生が抱える問題がぎっしり詰まっている。原作のシーズン2はすでに2016年6月から順次リリースされ、青山BBラボでは現在、シーズン2の日本語吹き替え版制作の準備に力を注いでいるところだ。シーズン1では、日本とアメリカの高校生活の違いを説明しきれなかったことで、メッセージが十分に伝えきれなかった反省点を活かし、シーズン2では日本人視聴者にも親しみやすく、より分かりやすいものになるよう、日本語訳を工夫し、背景知識やストーリーの解説メディアの作成も視野に入れて取り組んでいる。
 今年9月には昨年に引き続いて原作者のロバート・カーニリアス(Robert-Carnilius)氏、そしてプロデューサー、兼、脚本家のレクシントン・ローソン(Lexington Lawson)氏が一緒に来日し、日本語吹き替え版制作に取り組むラボの学生たちや吹き替えの声優さんたちと繰り返してディスカッションを行って交流を深めたほか、茨城や千葉などで地元の当事者団体の全面的な協力を得て、LGBTQについてのレクチャー、ワークショップ、そして、アニメ上映を行った。 

Photo:学生たちの手作り宣伝カー「マックタッキー号」
ⒸAoyama BB Lab

 そんな中、ラボ学生有志が取り組んだ「マックタッキー号」による宣伝活動はユニークな取組みとして注目を集めた。白いワゴン車にレインボーカラーのカラフルなロゴや愛嬌のあるキャラクターを貼り付けたお手製の宣伝カーで、渋谷、下北沢、秋葉原など、一般的にアニメに関心があると思われる若い人の集まりそうな都内繁華街を中心に、一夜限定の宣伝ドライブを行ったのである。道行く人々がこちらを凝視し、興味を示していたのは快感だった。一夜限りということもあって、宣伝効果は大きくはないかもしれないが、確かな手ごたえを感じることができた。目をひくポップな色使いとユルさ満点のキャラクター、そしてシリアスな話題をコミカルに描く作風は、きっと多くの日本人の心を掴むに違いない。今回のドライブは次回作のインスピレーションを得るためのロケハン、情報収集も兼ねた試みで、一貫して車外の光景に興味を示して矢継ぎ早に質問を続けるカーネリアス氏は、街の風景や道端の看板などから多くのヒントを得たようであった。シーズン2では昨年のカーニリアス氏来日の成果として、「日本からの交換留学生:はるか」という女の子キャラクターが登場している。残念ながら、まだ彼女の「性格設計」はできておらず、今シーズンではセリフがない。しかし、アメリカ側ではすでに準備が始まっているシーズン3では、「はるか」ちゃんが本格的デビューを果たす予定なので、日本側関係者の間の期待が高まっている。

Photo:昼食を用意して頂いた麗屋弘鈴庵さんの店先

Ⓒ麗屋弘鈴庵/Raiya Kourinan

 国によって程度の違いはあっても、現代社会におけるLGBTQ/セクマイの正確な認知や社会の寛容度はまだまだ満足のいくものとは言えないだろう。特に日本は先進国の中でもLGBTQの権利を巡る法整備などでは大きく遅れをとっており、「セクマイ後進国」と呼ばれるほど性の多様性に鈍感に見える。とはいえ、現状は少しずつ変わりつつある。わずかではあるが、年を追うごとに日本国内でもセクマイに関連する話題が取り上げられることが増え、法律の改変や条例設置に向けて多くの自治体が動き出している。また、さらにそれを応援する企業が結婚式、不動産、保険などの分野で当事者向けのサービスを開始し、社内で同性カップルにも結婚祝いを贈るところが出てくるなど、今までにない変化が着実に起きているのだ。
 『マックタッキー高校白書』もそのような変革のきっかけの一つになって欲しいと考え、青山BBラボでは日本語吹き替え版のリリースを継続してゆく予定だ。一人一人の個性が違うことをポジティブに捉え、多様性に寛容な社会とは、誰もがストレス・フリーでのびのびと暮らせる社会のはずだ。このアニメを通して多くの人々…特に、未来を担う十代の若者たちから偏見を取り除き、誰もが自由に生きられる豊かな社会を実現することを私たちは願っている。そして、本気で変えようと思えば、社会は良いほうに変えられるものと信じて、ラボの活動を続けてゆくつもりだ。学生は毎年入れ替わるが、来年は「マックタッキー号」による宣伝活動にも、もっと時間と予算をかけることができれば…と願っている。

PROFILE

小野﨑姫乃(おのざき・ひめの)

神奈川県生まれ。青山学院大学在学。小さい頃から「差別」「不平等」「常識」「普通」に関心を持ち、高校時代にセクシュアルマイノリティについて勉強する。大学では主にジェンダー・セクシュアリティやフェミニズムを勉強している。
Photo:ⒸMegumi Inoue