ラスベガスでの意外なお楽しみ
〜ギャンブルと見本市の都でアートを楽しむ Vol.1
ラスベガスでの意外なお楽しみ
〜ギャンブルと見本市の都でアートを楽しむ Vol.1
多くの人が見本市や国際会議、そして、エンターテインメントとギャンブルのために訪れるラスベガス。世界中から押し寄せる観光客に対応するために、ラスベガスのホテルはどこも巨大で、複数の劇場や巨大宴会場や会議室などを備えている。また、ブランド・ショップやレストランがびっしりと立ち並んでおり、あたかもそれぞれのホテルが一つの都市のようだ。多くの人は、そうした喧噪に満ちたラスベガスの表情を目にして、「想像したとおり」だと満足して、短い滞在を終えて帰ってゆくことだろう。しかしながら、思いがけないことに、ラスベガスのホテルには多くの現代美術作品も飾られている。今回はその見所と、ラスベガスでエンターテインメント重視の新しいホテルづくりに精魂を傾けたラスベガスのホテル王にして美術コレクター、スティーヴ・ウィン氏のコレクションに隠された物語を紹介する。
- Photo:ホテル・ベラジオのエントランス ⒸJunko Iwabuchi
ラスベガスという街の名前を聞いて、皆さんはまず何を思い浮かべるだろうか? ITや通信、家電、自動車などに関連した仕事をされている方なら、年中途切れることなく開催されている見本市を。休暇で訪れるなら昼間はプールサイドでのんびりとくつろぎ、夜は『シルク・ドゥ・ソレイユ』や伝説のイリュージョニスト、デイビット・カッパーフィールドのショーなどによるエンターテインメントを。そして、ギャンブルが好きな方ならもちろん、24時間バカラやポーカー、スロットマシーンなどを楽しむことができる。実際にラスベガスでは夜も寝ないでギャンブルに明け暮れる人たちが多くいるので、レストランは、24時間交代で営業を続けているところもある。カジノはどこでも、客が時間を忘れてギャンブルに熱中するよう仕向けるため、自然光の入る窓を無くして、時間の感覚を麻痺させるような演出を施している。24時間いつでも人工的な照明が輝き続けており、まさに不夜城だ。
ラスベガスを訪れたことのない人がラスベガスのホテルにもつイメージといえば、ジョージ・クルーニーやブラッド・ピットらが共演した映画『オーシャンズ』シリーズに描かれている、派手で虚飾に満ちた金ピカの世界だと思うが、第一作目の『オーシャンズ11』のロケは著名ホテル「ベラジオ」で行われた。「ベラジオ」とは、もともとスティーヴ・ウィン氏が莫大な資金を注ぎ込み、思いどおりにデザインしたホテル(現在はMGMリゾーツ・インターナショナルが所有)で、表通りからも見えるホテル前の人造湖での噴水のショーは世界的に有名になった。
- Photo:プールを望むテラス ホテル・ベラジオ ⒸJunko Iwabuchi
ラスベガスが新しいタイプのホテル開発ブームに湧いていた2000年代初頭に、世界に美術コレクションを貸し出す分館建設に力を入れていたNYのグッゲンハイム美術館がラスベガスのヴェニスをテーマにしたホテル「ザ・ヴェニーシャン」(ラスベガス・サンズ・コープ傘下)において、グッゲンハイム=エルミタージュ美術館という、奇妙なプロジェクトを押し進めていたことを皆さんは覚えておいでだろうか? 世界中の美術関係者は、ラスベガスという高尚な芸術とはおよそ似つかわしく無いイメージをもつ街の、しかもカジノ・ホテルのアトラクションとして美術館が開設されるというニュースに不快感を露にしたものだ。
幸か不幸か、グッゲンハイム美術館の拡大路線は理事たちからも不興を買い、美術館は美術館としての本分を守るためにNYの本館の充実を図ることを優先すべきという決定がなされた。そのため、リーマンショックの数ヶ月前の2008年5月にグッゲンハイム=エルミタージュ美術館は閉館することとなった。
ラスベガスとアートいうと、この奇妙な美術館プロジェクトの印象が強過ぎたため、ハイテクや家電製品の見本市やコンベンションに縁のなかった筆者としては、ラスベガスへ行く理由もギャンブルにも興味がなかったので、行ってみたいという気がおきなかった。
ところが、ラスベガスのホテル王といわれるスティーヴ・ウィン氏が大の美術愛好家であり、収集した現代美術品の一部を惜しげもなく、自身の所有するホテルの備品として飾っているということを、ある財団のtweetで目にしたことがきっかけで、ウィン・リゾート社の広報にどんな美術品を見ることができるのかを問い合わせることとなった。すると、アメリカ現代美術界のスターともいえるジェフ・クーンズの巨大な『チューリップ』の彫刻を、2013年にクリスティーズのオークションで3,370万ドルで落札していたのが、実はウィン氏であったこと。また、この作品が彼の旗艦ホテルの劇場の前に設置されており、偶然にもホテル内のカフェに置かれている陶彫刻が筆者のよく知る女性アーティストの作品で、彼女の作品を他にも多く所有していることなどがわかった。
ここから、今までラスベガスにまったく興味がなかった筆者の「どんな美術作品があるのかみにいってみよう」という好奇心に火がついたのである。
(続く)