高木悠凪(たかぎ・はな)
広島県出身。2010年より、夫の赴任によりNYに駐在中。2011年、女児を出産。
大学時代は西洋美術史を専攻。アクセサリー会社から生活雑貨店勤務を経て現在に至る。
趣味の芸術鑑賞にNYはもってこいの場なので、オペラ、クラシック、ジャズ、メトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイム…などに足繁く通いながら、育児に奮闘の日々を送っている。
内閣府認証NPO法人 マザーズコーチジャパン認定 マザーズコーチ。
子育て・産後のキャリアチェンジ・家族やママ友の人間関係など、子育てママ向けのコーチングを実施中。
*高木さんへの執筆・講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談などがありましたら、info@agrospacia.comまで。
第10回 NY:音楽のスーパーエリートを育てる(後編)
~ Special Music School ~
第10回 NY:音楽のスーパーエリートを育てる(後編)
~ Special Music School ~
高木悠凪さんは、2010年にご主人の転勤に伴ってニューヨークにお引っ越し。大学時代、美術史を勉強していた高木さんは、2011年に女の子に恵まれて、以来、お子さんをベビーカーに乗せて美術展へ行くなど、いつも親子で積極的にアートに親しんでいます。今回は、アッパー・ウエストサイドの音楽の殿堂に隣接する、未来の音楽家たちを育てるスペシャル・ミュージックスクールがテーマの後編です。
- Photo:森ダニエル君 ⒸDavid Hiromura
お父さんはスプリング・フィールド・シンフォニーのニ番バスーン奏者である森正太郎さん、お母さんはフリーランス・チェリストの森かつらさんという音楽家を両親に持つ、森有紗さん(16歳)と森ダニエル君(11歳)。※1
この姉弟は超難関のNYの公立校として知られるスペシャル・ミュージック・スクール(以下SMS)に見事に入学した。※2 姉の有紗さんはSMSでキンダー(以下K)からグレード8までヴィクター・ベイシス(Viktor Basis)にヴァイオリンを習い、現在はフィールズトン・スクール(Fieldston School)のジュニアとして在学中。週末はジュリアード・プリカレッジで川崎雅夫氏に師事している。弟のダニエル君は現在SMSのグレード6でピアノを専攻。Kからイリアナ・モロゾヴァ(Iriana Morozova)に師事している。
今に至るまでのお受験から学校生活の様子を姉弟の母、森かつらさんに聞いてみた。
―お子さんをSMSに受験させようと思ったきっかけは何でしたか?
「有紗の時はまだグレード7までしか生徒がいない新しい学校でした。13年前に受験したのですが、当時はインターネットも今ほどは普及していなかったので、お友達から口コミで聞きました。ダニエルの時は、もういかにユニークで経済的にも音楽的にもサポートが充実してる学校であるか実感していたので、何としてでも入学させたかったです」
―受験に際して、ご家庭でどのような準備をされましたか?
「有紗は、受験の時にはすでにバイオリンを始めて1年半くらい経っていましたので、特に用意しませんでした。ダニエルは10月生まれでのんびり成長している子だったので、受験の時にはまだ何も楽器を習わせていませんでした。受験に際し、リズムをまねっこしたり、三度や五度でハーモニーを作ったり、SMSで教えているダルクローズのまねをしてムソルグスキーの『はげ山の一夜』で踊ったり、遊びながらしっかり準備したと思います。受験日にお母さんと離れられなかったり、泣いてしまう子も多いので、SMSの生徒のコンサートや合唱のコンサートに一緒に行って、学校の雰囲気に慣れるようにもしました」
- Photo:リンカーンセンターを見下ろす森有紗さん
ⒸKai Dorsey
―受験の内容などのようなものでしたか?
「一次のテストは8~10人くらい(子供のみ)を審査します。リトミックのクラスのように音楽を使って遊ぶだけです。4人くらいの先生がチェックします。ニ次のテストは、グループと個人審査がありました。どちらも親は見学できません。先生のまねをして太鼓や木琴をたたいたり、聞こえた音を歌ったりするそうです。歌を歌ったり、楽器を演奏する必要はありません。音楽に興味があるか、基礎的な音楽のセンスがあるかをチェックしているようです。また、受験日に調子が悪くて泣いてしまった子やお母さんと離れられない子は、別の日に受験させてもらえるようですが、受験生が多いので、受験日程の空きに限りがある場合には難しいかもしれません。4歳の子供、10~12月生まれの場合は3歳の子供を審査するので、試験はとても柔らかくて楽しい雰囲気です。何度か試験の受付をしたことがありますが、子供たちは終わった後、楽しそうなウキウキした表情をしていました。これらは8年も前のことなので、変更されていることもあると思います」
―学校のカリキュラム、時間割について教えてください。
「音楽の個人レッスンは週2回で、Kは30分、グレード1以降は45分レッスンです。年に2回の楽器の試験があります。また、Kからグレード2までダルクローズ(リトミック)のクラスがあり、3年生からは混声合唱が始まり、グレード6からは男女に分かれて合唱がありました。ダニエルの時はグレード2から音楽理論のクラスがあり、最初は音符の書き方から習いました。グレード6からは週に3回。8年生ではAP(Advanced Placement)Music Theoryという、高校在学中の生徒でも大学レベルの単位が認定される試験を全員受験します。グレード6からは音楽史のクラスが始まり、毎日、1時限めか2時限めが音楽の授業になります。体育は週に2回あり、Kからグレード5はNDIというダンスの授業を週に1度受けます。その他にはリーディング(英語)や算数、サイエンスなど公立校と同じ教科を学びます」
―専攻する楽器とその頻度、また楽器の変更などは可能なのですか?
「合格が決定した後、面接の際に専攻楽器を決めます。Kではピアノ、バイオリン、チェロ、フルート、クラリネット。上の学年になるとトランペット、オーボエ、バスーン、パーカッション、作曲、ビオラなど多様になります。高校からは声楽専攻の生徒も増えるようです。SMSではメジャー(専攻)として選んだ楽器のレッスンのみ行なわれます。楽器の変更については、選択した楽器があまり子供に合っていない、好きでない場合が出てきたときには変更することができ、ピアノから管楽器やバイオリンからビオラへの変更が可能です。あとからピアノやバイオリンに変更することは生徒に差が出すぎるのでありませんし、グレード6からフルートに変更することも難しいと思います。ピアノを勉強していた子供が新たに管楽器を始める場合、あっという間に上達するので数年で追いつきます」
- Photo:校内の掲示版には色んな情報が満載
ⒸHana Takagi
―コンクールなどに出場していますか?
「コンクールについては先生の判断によります。ダニエルの先生は積極的にコンクールに出させる先生なので、沢山受けています。今まではNY近郊のコンクールを受けていたのですが、今年はヴァージニア・ウォリング国際ピアノ・コンクール(Virginia Waring International Piano Competition)にカリフォルニア州まで行ってきました。結果は残念だったのですが、協奏曲全楽章を含む約1時間のプログラムを用意出来た子供の可能性に驚かされました。一方、有紗の先生はコンクールを受けさせず、基本的なテクニックを時間をかけて習得させる先生でした。しっかりした基礎があるので、ジュリアード・プリカレッジでも楽しく学べています」
―東欧などから優秀な音楽教師が来ているようですが、出身国での教え方の傾向に違いはありますか?
「ロシア人の先生は積極的にコンクールに出すなど生徒に対する期待も高く、生徒も上達が早いです。アメリカ人の先生(鈴木メソッドなど)は、楽しく勉強して行こうという姿勢の方が多いです。その分ゆっくりと上達します。どちらの先生でもミドルスクール(中学)くらいにはかなり上手に弾けるようになります。ダニエルの先生、イリアナ・モロゾヴァ(Iriana Morozova)はマネス音楽院で大学生も教えているので、時々驚くほど高度なことを要求されますが、先生が献身的にレッスンをして下さるので、ダニエルも私も期待に応えるべく努力しています。また子供は先生によっていい方向へ向かって導かれ、練習をしっかりすれば必ず上達します」
―演奏する機会について、その頻度などはいかがですか?
「学年ごとのコンサートはカウフマン音楽センター内のアン・グッドマン小ホールでありますが、作曲家をテーマにしたフェスティバルや現代音楽フェスティバル、室内楽フェスティバルはマーキン・コンサートホールで行われます。学内オーディションがあり、演奏の良し悪しだけでなく、出演頻度やプログラムの構成、学年など考慮して選ばれます。合唱のコンサートは12月、6月と年2回で、これから受験する方が子供たちの様子を見に行くいい機会だと思います。グレード3では衣装とセットもあるミュージカルを上演し、グレード4では子供たちの作曲した曲を歌います。キンダーはダルクローズで習っていることを発表し、PTAとスタッフ、先生のコーラスと盛りだくさんです」
―学業もかなり優秀な学校のようですが、勉強についていくのは難しくないですか?
「特別にアカデミックに力を入れているとは思いません。州のテストの準備もほとんどしないので心配になるほどです。楽器のレッスンは45分ずつクラスの半分が受けるので、その時間にレッスンのない子どもたちは7~8人だけの授業になります。この時間にアカデミックの先生がしっかり個別に教えることが出来るので、いろいろカバーできているのだと思います。小学校の間は、宿題はほとんどありませんでした。あるとすれば、工作や読書感想文などです。他の学校の子供たちの宿題を見ていると不安に思うほど、宿題はありません。ミドルスクールになっても、30分から1時間で終わるくらいの量です」
―この学校を途中でやめてしまう生徒はいるのでしょうか?
「ミドルスクール、ハイスクール(高校)へ入る前の年に再入学の考査があるので、ここで合格できない場合は続けられません。全く子供が音楽に興味を持たなかった、学校への通学が大変、私立やホーム・スクールへ変更などで、小学生の間にやめる生徒が学年に1〜2人います。勉強がよく出来る生徒は7年生からハンター・カレッジ・ハイスクールへ行くことも多いので、ここでも毎年3〜4人くらい辞めます。辞める生徒がいると、その年には新しい生徒を受け入れます。入学試験は何年生でも受けることはできますが、次の年に空きが出来るか出来ないかは分かりません」
―下校後の練習やクラブ活動はどのようにされてますか?
アフタースクールはルーシー・モーゼス・スクール(Lucy Moses School)や、チェスクラブなどありますが、それぞれ料金がかかります。残念ながら、他の公立小学校のような無料サービスはありません。学校は2~3時間の楽器の練習を期待しているようですが、楽器によっても練習時間は異なります。管楽器は1~2時間くらい、ヴァイオリンやピアノは2~3時間くらいです。キンダーでも集中できる時間を1時間くらいと少しずつ伸ばしていくようにしないと、沢山の曲を練習できません。学校で練習の仕方などのワークショップも開催されるので、音楽が専門でない両親でも心配ないと思います」
- Photo:演奏する森ダニエル君
ⒸKaufman Music Center
―お子さんは学校生活についてどのように感じてますか? 将来の夢は何ですか?
「ダニエルは毎日楽しく過ごしています。今年からは一人で通学するようになったので、グレード8の女の子と地下鉄で一緒に帰るのを喜んでいます。彼の夢はピアノの弾けるサッカー選手だそうです。音楽の学校に行っているからと言って、必ずプロフェショナルな音楽家になることを押しつけないのもリラックスして勉強できる一つの要素だと思います」
―最後に、この学校についてどのように感じますか?
クラス全員が音楽を勉強しているので、練習の大変さや必要性もみんなが理解しているし、試験やコンサートで大変な時もサポートしてくれるのがこの学校で良かったと思うところです。15人がずっと一緒で、兄弟のように成長しているので、音楽でも勉強でも競争心をあおらないないことが、特に小学生にとってはいい環境です。公立の学校なのであまり自由がないなか、ユニークな環境を作り上げているところは素晴らしいと思います。小さい学校なので、学年を超えて仲良くなるのが良いですね。先日、ダニエルのコンサートの後でグレード2の男の子が「君の演奏大好きだった!」と人を掻き分けて言いに来てくれたのはとても可愛らしかったです。私はSMSの受験なんて宝くじみたいなもので、音楽性の有無なんて関係ないと思うのです。誰でも機会さえ与えられ努力すれば、上手になるはずです。もっとこういう学校が沢山できて、多くの子供たちにチャンスが与えられるようになればいいと思います」・・・と森さんはSMSについて多くのことを教えてくださった。
受験に際して森さんのご家族は、音楽一家ということで十分な準備をもって臨まれたようだが、そのプロセスも楽しみながら、遊びの中で学ばせたことが成功の鍵なのかもしれない。そして有紗さんやダニエル君が欠かすことなく鍛錬し続けられるのは、彼らが本当に「好きなこと」と出会ったからなのだろう。
ジャンルに関係なく親が子供をじっくりと見つめ、その子の適性に合った、さらに言うと、いつまでも続けられる「ホントに好きなこと」を一緒に見つけ、認めることが子供を伸ばす重要なポイントなのではないだろうか? また学校やPTA、親からの万全なサポートを受けつつも、「必ずプロの音楽家にならなくてはいけない」というプレッシャー無しに最高の教育が受けられるこの土壌の根底には、「自分の人生を決めるのはその子供本人でしかない」という、子供たちを信じ、尊重する大人たちの信念があるのだと感じる。伸び伸びと個々が活かされる環境が音楽だけでなく、様々なジャンルでも増えていくことを願うばかりだ。