2015/04/13 07:43

美しくも残忍な、少年・少女たちの物語・・・
映画 『ザ・トライブ』に見る私たちが知らないウクライナ

Photo:ⒸGARMATA FILM PRODUCTION LLC, 2014 ⒸUKRAINIAN STATE FILM AGENCY, 2014

美しくも残忍な、少年・少女たちの物語
映画 『ザ・トライブ』に見る私たちが知らないウクライナ

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

 4月18日から渋谷ユーロスペース、新宿シネマカリテほかでロードショーが始まる映画『ザ・トライブ』を見た。2014年のカンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリ含む3賞を受賞し、世界各国の映画祭で30以上の賞を受賞したウクライナのミロスラヴ・スラボシュピツキー監督の長篇デビュー作である。
 本作に登場する俳優のすべては聾唖者で、全篇が手話のみによって構成されている。台詞は手話で表現され、ストーリーを盛り上げるための音楽などは一切なく、字幕も存在しない。見るものにとっては最初から最後まで画面に集中しなくてはならず、不思議な緊張感を強いられる作品である。

Photo:ⒸGARMATA FILM PRODUCTION LLC, 2014 ⒸUKRAINIAN STATE FILM AGENCY, 2014

 最初に試写会の案内の葉書を受け取った時、その美しい、若いというより、思春期とでも表現すべき男女の裸体を見て、ダンサーを主役にした映画なのだろうと私は誤解した。そこにとらえられた画像には、すべての装飾を削ぎ落とされた空間、少年と少女の真剣なアイ・コンタクトと衣服すら纏っていない彼らの肉体から発せられる強い存在感がみなぎっていた。一見して、彼らがまだ無名の俳優であることがわかったが、それでも彼らの表現の力は高い完成度を感じさせ、その1カットのスティルは、まるで巨匠の絵画のディテールのようにも見えた。
 それから改めて作品についての解説を読んでみると、出演している俳優たちは全員が聾唖者であり、映画には一切の音声によるセリフはなく、解説の字幕もないのだという。カンヌで最初に上映された時は、そのことじたいが衝撃的に受け止められたようだが、「セリフがない」と聞いて、私はチェコで観光客にもポピュラーな無言的のことを思い浮かべた。初めてプラハに行った時、「何か劇場でパフォーマンスを…」と思ってチケットを買いに行くと、タイトルを見るかぎり、どう考えても「演劇」と思われるものを勧められたので、「字幕はついていますか?」と尋ねた。窓口の女性は「いいえ」と言下に否定したので、「チェコ語はできないのですが」と言うと、「大丈夫です」と笑顔で断言する。「どうして大丈夫なのですか?」としつこく質問すると、「行けばわかります」と繰り返すので、納得はできなかったものの、チケットを購入し、とりあえず劇場へと向かった。そして、始まったパフォーマンスを目にした私は「なるほど!」と、即座に理解したのだった。それは言語によるセリフを伴わない無言劇だった。演劇は言葉によるもの…という先入観を打ち砕く、言語に依存しない演劇表現があるということに、私はその時、衝撃を受けたのである。西側復帰直後、世界中から観光客が押し寄せるプラハで、多くの劇場が1日/3回公演をやっても満席になっている理由は、台詞が言語依存ではないから、誰が見てもわかるということだったのだ。その時、中欧・東欧の演劇の底力に畏敬の念を覚えた。

 

Photo:ⒸGARMATA FILM PRODUCTION LLC, 2014 ⒸUKRAINIAN STATE FILM AGENCY, 2014

 そんなわけで、スラボシュピツキー監督の「全編手話、字幕はナシ」という演出の判断については、「あぁ、なるほど」と思っただけで、それじたいについては、さほどの驚きはなかった。効果音やストーリーを盛り上げる楽曲なども一切排除されてはいるが、自然な生活音など、本来、聾唖者であればそれも聞こえないはずの音はそのまま残されている。そうした音まで排除して、一切が無音で展開されたなら、受ける印象は、さらに違ったものとなっていたかもしれない。
 そして、ストーリー…。キャッチ・コピーには「少年は愛を欲望した 少女は愛なんか信じていなかった」とあるが、果たしてそうなのだろうか。これから映画を見る皆さんに、ネタバレは許されないので、具体的な内容に触れることは控えるが、私には少年も愛を求めているようには見えなかった。極限状態で思春期の若者たちはどのように行動するか。その根源的な暴力性と人間の本能としての性行為への強い指向は、愛とは無関係のもののように思える。
 スラボシュピツキー監督は長編デビュー作で、「言語によるセリフを排除する」という究極の選択をして見せたが、これはどの作品にでも使える技ではないし、次作への期待が大きいだけに、批評家たちの目は厳しくなることだろう。本作の制作チームのメンバーの多くは、撮影の合間を縫ってデモに参加していたとのことだが、予断を許さないウクライナ情勢とスラボシュピツキー監督の次作がどんなものになるのか、目が離せない。
 この映画で私がもっとも気になったのは、実は、手話による表現でも暴力的な描写でもなくて、全編を通じて、そこかしこに使われている独特な「青」の色調とその使い方だった。どこかで見た青であり、照明の使い方や構図も何かを思い出させるので、何だっけ…と考えたのだが、それは若き日のパブロ・ピカソが描いた、正しく「青の時代」の青であった。このことは、いつか機会があったら、スラボシュピツキー監督に聞いてみたい。

■タイトル:『ザ・トライブ』(英語題:The Tribe)
ⒸGARMATA FILM PRODUCTION LLC, 2014 ⒸUKRAINIAN STATE FILM AGENCY, 2014
4月18日[土]よりユーロスペース、新宿シネマカリテほかにて公開 全国順次ロードショー
■配給:彩プロ/ミモザフィルムズ
■製作:2014年/ウクライナ/132分/HD/カラー/1:2.39/字幕なし・手話のみ
■スタッフ:監督・脚本:ミロスラヴ・スラボシュビツキー
■出演者:グレゴリー・フェセンコ、ヤナ・ノヴィコヴァ
■公式HP:www.thetribe.jp