2015/03/19 12:00

歌う修道女:シスター・クリスティーナ
3月11日に日本でもCDデビュー

Photo:その椅子には神様が座っておられる・・・というコンセプト 写真提供 Ⓒ ユニバーサル ミュージック

歌う修道女:シスター・クリスティーナ
3月11日に日本でもCDデビュー

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

 新たなYoutubeセンセーション、イタリアのオーディション番組から誕生してスターとなった「歌う修道女:シスター・クリスティーナ」をご存知だろうか?

 『すべての山へ登れ』は、ミュージカルの名作『サウンド・オブ・ミュージック』の中で、主人公の修道女見習いマリアが所属する修道院の院長が「どんなことも神の思し召しなのだから勇気を持ってチャレンジしてごらんなさい」と彼女を激励する歌である。今年(2015年)の米・アカデミー賞ではレディー・ガガが『サウンド・オブ・ミュージック』からの名曲メドレーを白い衣装で歌い、映画で主演したジュリー・アンドリュースがプレゼンターとしても登場したので、改めて多くの人がその歌詞を耳にしたことだろう。

Photo:笑顔のシスター・クリスティーナ
写真提供 Ⓒ ユニバーサル ミュージック

 シスター・クリスティーナの存在を知った時、また、彼女がイタリアのオーディション番組に出場し、優勝して、ユニバーサルミュージックと契約してアルバムをリリースしたことを、院長はじめ、修道院を挙げて応援していると聞いた時、私の脳裏に浮かんだのは『サウンド・オブ・ミュージック』のマリアと彼女を応援する修道女たちのイメージだった。アルバム・プロモーション用のリリースには、ウーピー・ゴールドバーグやマドンナがソーシャル・メディア上でシスター・クリスティーナを絶賛したこともあって、多くの人たちが、まるで『天使にラブ・ソングを…』が現実になったみたいだと言っていると書かれていた。しかし、実際に彼女の歌を聞いてみると、力強いけれども可憐と言ったほうが良いその声は、『サウンド・オブ・ミュージック』のイメージに近く、正統派のヨーロピアン・ポップスで、「きっと日本でも受けるだろう」という印象だった。
 昨年11月10日にヨーロッパでアルバムがリリースされた直後にイタリアとフランスでゴールドディスクを獲得したというのも頷ける。彼女が選んでカバーしているアーティストはアメリカ人がほとんどだが、シスター・クリスティーナが歌っていることによって、アメリカンではない仕上がりになっているところが味わい深いのだ。プロモーション用のCDを初めて通して聞いたのは、ある日曜日の朝だったのだが、暖かい春の陽射しとコーヒーの香りがいかにもふさわしい、爽やかな歌声に心が穏やかになった。

 

Photo:彼女は現役の修道女
写真提供 Ⓒ ユニバーサル ミュージック

 日本でのCDデビューに合わせて来日したシスター・クリスティーナに、東日本大震災からちょうど4年目にあたる3月11日の夕方、一時間弱、話を聞くことができた。今回、彼女は歌手としての仕事の一環で来日したわけだが、聖職者として、その日の持つ意味をどう捉えているのかについて、ぜひ聞きたいと思っていた。
 シスター・クリスティーナは朝から日本の情報番組に出演して一曲歌ったり、インタヴューへの対応で大忙しだったようだが元気いっぱい。黒のぺたんこなスニーカーを履いて入ってきたご本人はとても小柄で、修道女だから当然のことだが、すっぴんである。聖職者の方々は皆さん、肌がつるつる、つやつやなことが多いが、二十代半ばのシスター・クリスティーナは、本当に自然な美しさで輝いていた。
 日本は初めてとのことだったので、「東京の印象はどうですか?」と月並みな質問をすると、「空港からホテルに着くまでの間だけでもすべてが整然としていて、人々がお互いに気を遣い合っている様子で、親切だし、横断歩道ではみんながちゃんと信号を守っていて…感心しました。イタリアとは大違いです! 外を歩くと目に入ってくる漢字の看板が珍しくて…面白いですね」と、笑顔で答えてくれた。
 シスター・クリスティーナはシチリアの生まれだが、現在は所属するスオーレ・オルソリーネ・デッラ・サクラ・ファミリアのあるミラノで修道生活を送っているとのこと。「毎日の修道女としての仕事と音楽の仕事とはどのようにバランスを取っているのですか?」と尋ねると、「もちろん、朝起きてお祈りをして、食事の支度を手伝ったりもしますが、私にとっては音楽が修道女としての仕事なのです。私たちの修道会では若者への教育をとても重視しているので、その一環として音楽は不可欠な要素です。オーディション番組に出演して順位を争うことは、個人の名誉を追い求めることで、修道女にふさわしくないのではと悩んだこともあったのですが、音楽を通じて神に仕えることも可能だと回りから励まして頂いて、今はそう思って活動しています」
 彼女は正式に修道女となる誓いを立てる以前、2010年から2012年の間、ブラジルで修道女見習いとしての期間を過ごし、貧しい地区の人々を支援していたが、現地の人々が歌や踊りを通じて信仰を表す姿を見て大いに触発されたという。
 現代のイタリアでは、いかにカトリック国で、ヴァティカンのお膝元であるとはいえ、都市部の若い人たちは毎週、教会へ通っているようには見えないし、ましてや聖職者になろうという人に会うことは滅多にないので、どうして修道女になろうと思ったのかについても聞いてみた。
 「もう、これは縁があったというか、神に呼ばれた…としか言いようがありませんね。シチリアではもともと信心深い両親のもとで育ちました。ティーンエージャーの頃、一時、教会なんか行きたくないと親に反発した時期もあったのですが、音楽にはもともと強い関心があり、高校を卒業した後、たまたま人の紹介で宗教をテーマにしたミュージカルで主役を演じることになり、ある修道会を設立した女性の役だったのですが、彼女の言っていることにとても共感して、修道女として生きることを考えるようになりました」
 それから、ブラジルでの2年間の修道女見習いの時期を経て、帰国後に正式に修道女として生涯を過ごすという誓いを立てた。

 

Photo:CDのジャケット
写真提供 Ⓒ ユニバーサル ミュージック

 ここで、以前から気になっていたこと…『サウンド・オブ・ミュージック』では修道女を目ざすマリアが、子供たちの家庭教師として派遣された先の妻を亡くした男性に求婚され、修道院長から『すべての山へ登れ』という励ましを受け、修道女になることをやめて結婚するわけだが、そのことをどう思うか…について尋ねてみた。すると、まず、シスター・クリスティーナは『サウンド・オブ・ミュージック』という作品を見たことがなく、ジュリー・アンドリュースも知らないとのことだった。これにはちょっとびっくり…というか、1988年生まれの彼女が知らないのは致し方のないことか、あるいは、私の聞き方が悪かったのかもしれない。
 やむなくストーリーをざっくり説明して、「あなただったら、修道女をやめて結婚するという選択肢はありますか?」と尋ねてみたところ、彼女は声を出して笑って、「ないです! ぜ〜ったいにあり得ない」と断言した。『サウンド・オブ・ミュージック』を見て、あの同じシチュエーションだったら・・・という前提であれば、また違った答えが出てきたかもしれないが、シスター・クリスティーナは、「私は神に一生を捧げるという誓いを立て、生まれた家の家族も捨てたのです。この決意が変わることはありません」と言うので、『すべての山へ登れ』という歌の意味について議論することはやめにした。本当は、現ローマ教皇フランシスコが言う、「外へ出て、あなたの才能を使いなさい」と『すべての山へ登れ』は同じことなのでは・・・という話がしたかったのだが、ややこしくなりそうだったので、「良い映画ですから、ぜひ、お時間のある時に見てみて下さい」と言うに留めることにした。
 最後に、3月11日であることについて、「今日が日本にとってどういう日であるかご存知ですか? 4年前に日本では大きな地震と津波があり、多くの人が亡くなりました」と尋ねると、「ええ、もちろん、今日で4年目ですよね。当時、ニュースで地震の被害、押し寄せる津波の映像を繰り返し目にしたので、今でもその光景が鮮烈に記憶にあります。多くの人が亡くなられたのはとても悲しいことで、愛する人を亡くした方がたの悲しみの深さははかり知れません。でも、同時に忘れてはいけないのは、そうした悲しみ、苦しみを乗り越えて、今を生きている人たちが大勢いるということだと思うのです。私たちは、そういう人たちを励まさなくてはならない。だから、今回、日本でリリースしたアルバムにも入っていますが、昨日のイベントでは『上を向いて歩こう』を歌いました。希望を持って生きようという歌ですから…それが私の被災者の方々へのメッセージです」との答えだった。
 この他、昨年12月のヴァティカンでのクリスマス・コンサートで直接言葉を交わし、CDを手渡したフランシスコ教皇の印象を聞いてみたり、東京滞在中にしたいことは何かなど尋ねたところ、「お寿司を食べることだけが今回のどうしてもしたいことだったので、それは昨日、もう実現したし・・・」と言ってから、「もし時間があったら浅草へ行きたい」という、ごく普通の答えが返ってきた。たった数日の滞在だったが、浅草へ行くことはできただろうか?

 

 Youtube、オーディション番組というと、チェロを弾きながらビートボックスをするパフォーマンスで世界的に注目され、同時にアカペラ・グループのメンバーとしてオーディション番組で優勝し、今年、初グラミーを獲得した『ペンタトニックス』のケヴン・オルショラ(昨年のサマソニで大々的に日本デビューしたが、2012年、ソロで彼を初めて日本に招請したのは筆者だった…)を思い出すが、彼も熱心なクリスチャンでチャリティ活動に力を入れている。いつか、シスター・クリスティーナとのコラボが実現すると素晴らしいことになるのではないか…と期待している。
 シスター・クリスティーナに今後のスケジュール、日本にコンサートで戻ってくる予定はあるかなど尋ねると、「今のところ、将来的なことはまったくわかりません。今回、こうして日本に来ることができたのはとても名誉で幸せなことでした。また、来ることができたらいいですね」とのことだったので、「ぜひ、何かチャリティ目的のコンサートでいらして頂くことができたら良いですね。日本にもあなたの声とチャリティを必要としている人は大勢いるので…」と伝え、インタヴュー会場を後にした。