テクノロジーの最先端が可能にする芸術作品の新解釈
〜『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』
昨年から今年にかけて、フィクション、ドキュメンタリーを問わず、美術や美術館をテーマにした映画のリリースが相次いでいる。誰もが押しかけるような爆発的ヒットにはならないものの、美術愛好家の間では口コミなどを通じて話題となり、コンスタントに観客動員が続いている。
ここでは、2月28日(土)からシネスイッチ銀座ほかで公開予定の『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』を紹介する。
*岩渕潤子×玉置泰紀×松谷信司 「ヴァチカンの秘密、謎、あるある…」
映画『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』公開記念トークイヴェントは下北沢のB&Bにて、2月14日(土)、午後3時〜5時開催。カンティーネ・レオナルド・ダ・ヴィンチの赤ワインも振るまわれる予定です。チケット情報はB&Bのサイトまで!
- Photo:システィナ礼拝堂への入り口
- Ⓒ direzione dei musei – governatorato s.c.v
美術館そのものをテーマにしたドキュメンタリーでは公開中の『みんなのアムステルダム国立美術館へ』、『ナショナルギャラリー 英国の至宝』のほか、2月末からは4K・3Dという映像技術的にも注目される『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』の公開が予定されている。フィクションでは、(日本では結局劇場公開はされなかったが)第二次大戦中にナチスによって強奪された美術作品を連合軍の美術の専門家たちが侵攻してくるソ連軍と知恵比べをしながら奪還するという、歴史的事実に基づく”The Monuments Men”(日本での公開予定タイトルは『ミケランジェロ・プロジェクト』だった)が、ジョージ・クルーニーの監督・出演作品ということで関心を集めた。現在は、美術商を主人公にしたアクション・コメディ、ジョニー・デップ主演の「モーデカイ」が公開中である。また、昨年5月の第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された『ターナー、光に愛を求めて』(原題:”Mr. Turner”)も今年の夏には日本公開予定とのことだ。日本での印象派、ターナーの人気は高いので、きっとこの作品も話題になることだろう。
- Photo:英・ナショナルギャラリーでの館内ツアー
- Ⓒ 2014 la Biennale di Venezia
なぜ、この時期に美術や美術館、芸術家をテーマにした映画が多くリリースされ、世間の注目を集めているのかは興味深いところだ。テクノロジーやライフスタイルの変化がめまぐるしく、経済や国際情勢に不透明感が増すなか、芸術の普遍的価値が人々に心の安らぎをもたらすということなのかもしれない。美術館を支えるスタッフや修復などの専門的な各部門、収蔵品を寄贈したコレクターについてのインタヴューに基づくドキュメンタリーは、二十年以上前からアメリカの美術館が独自に制作してきており、アメリカでは教育チャンネルのPBSなど、TVで放映されることも少なくなかった。ただ、それらは美術館みずからの企画・制作によるものであり、各美術館が独自の視点で存在意義を観客に訴えかける広報ツール、教育素材といった明確な目的をもって制作された、極めて「アメリカ的」な性格のものだった。しかし、現在、日本で劇場公開中のヨーロッパの美術館についてのドキュメンタリーは、第三者視点により制作されたもので、美術館と作品、美術館の「中の人」たち、あるいは、美術館と市民とのやり取りは、どこまでも客観的に描かれている。
一方、間もなく公開予定の『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』では、長い歴史を持つ世界的に有名な美術館を舞台に、4Kでの3D映像という、最先端のテクノロジーによる美術作品の新たな見せ方への挑戦が行われているのだ。
- Photo:ヴァチカン美術館での撮影風景
- Ⓒ direzione dei musei – governatorato s.c.v
美術全集で一度は目にしたことのある作品を多く収蔵するヴァチカン美術館は、一歩足を踏み入れたなら、その作品の数々からカトリック教会の絶大な影響力と財力を思い知らされることだろう。ただ、今回の映像作品が興味深いのは、保守的なイメージのヴァチカンが、まだ確立されているとは言い難い映像技術の実験に全面的に協力しているという事実だ。筆者は昨年出版の拙著『ヴァティカンの正体:究極のグローバル・メディア』の中で、ヴァチカンが時代の移り変わりに翻弄されつつも何度でも生まれ変わる普遍的存在であり、同時に時代の最先端を行く「グローバル・メディア」であると繰り返して述べたが、『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』を観れば、ヴァチカンが今の時代においても現世の技術革新に実験の場を提供していることを実感することができるはずだ。
特に興味深いのは、本作の3D映像化に最適な、ドラマチックな表情を持つ彫刻数点が選ばれ、見事な照明によって撮影され、実際に美術館に身を置いても間近に鑑賞するのが困難な天井画や壁画を余すところ無く4Kの映像で捉えている部分だ。本作品は、ヴァチカン美術館・館長のアントニオ・パオルッチ教授が監修をし、全編を通じて情熱的な解説を行ってもいるが、美術そのものと、観るという行為をよく理解したスタッフによって、4Kで撮影された作品群が、彼らによって、改めて3D映像として再解釈されている点に注目したい。4Kと3Dの出会いは、映像による新たな美術品解釈、映像制作の可能性をもたらしたのである。
- Photo:解説するアントニオ・パオルッチ教授
- Ⓒ direzione dei musei – governatorato s.c.v
筆者は何年か前に、在籍していた大学のプロジェクトで日本の4K映像の技術者たちと共に仕事をしたことがあった。技術と技術による成果物(コンテンツ)の区別ができずに、「優れた技術をショーケースするため」に美術作品を利用しようとする彼らと、作品そのものを主体に考える美術の専門家とではそもそも話が噛み合なかったが、高精細画像では扱うデータ量が膨大過ぎるため、7〜8年前のコンピュータの処理能力ではほとんど何の編集を加えることもできず、今思い出すのも嫌になるほどストレスの多い仕事だった。
しかし、『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』では撮影した素材から、明らかに多くの編集が加えられて物語が紡ぎ出されていることがわかり、美術愛好家には自然な解釈として、素直に受け入れることができるのである。一時間強という全体の尺も、高精細画像を3Dゴーグルをつけて観るのに負担を感じない長さである。そして、極度の集中力を必要とする作品のクロースアップ後には、必ず、揺れる水面や空と流れる雲、緑、砂、炎など、目を休めるための自然由来の映像が挿入されており、人の五感に配慮した構成になっている。
人の眼はまだ、4K・3Dという映像表現に慣れてはいないが、新しいテクノロジーが美術作品の新たな見せ方、新技術を使っての新しい解釈の可能性を示していることは、古典的な美術館にまだまだ新しい可能性があることを提示しており、美術愛好家であれば誰しもワクワクすることだろう。
ちなみに、全編を通じて解説をしているヴァチカン美術館・館長のアントニオ・パオルッチ教授は、フィレンツェで講義を受けた恩師のお一人であるが、お元気そうな姿を画面上で拝見し、これもまた筆者にとっては嬉しい驚きであった。
『ヴァチカン美術館4K3D 天国への入口』(英語題:Vatican Museums)
監修:アントニオ・パオルッチ(ヴァチカン美術館館長)監督:マルコ・ピアニジャーニ
Ⓒ direzione dei musei – governatorato s.c.v
製作:2013年/イタリア/66分/デジタル3D上映/カラー
2015年2月28日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開 全国順次ロードショー