高木悠凪(たかぎ・はな)
広島県出身。2010年より、夫の赴任によりNYに駐在中。2011年、女児を出産。
大学時代は西洋美術史を専攻。アクセサリー会社から生活雑貨店勤務を経て現在に至る。
趣味の芸術鑑賞にNYはもってこいの場なので、オペラ、クラシック、ジャズ、メトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイム…などに足繁く通いながら、育児に奮闘の日々を送っている。
内閣府認証NPO法人 マザーズコーチジャパン認定 マザーズコーチ。
子育て・産後のキャリアチェンジ・家族やママ友の人間関係など、子育てママ向けのコーチングを実施中。
*高木さんへの執筆・講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談などがありましたら、info@agrospacia.comまで。
第8回(後編) NY:レッジョ・エミリア ・アプローチ
— 思考のプロセスを体感するとは —
第8回(後編) NY:レッジョ・エミリア ・アプローチ
— 思考のプロセスを体感するとは —
高木悠凪さんは、2010年にご主人の転勤に伴ってニューヨークにお引っ越し。大学時代、美術史を勉強していた高木さんは、2011年に女の子に恵まれて、以来、お子さんをベビーカーに乗せて美術展へ行くなど、いつも親子で積極的にアートに親しんでいます。
- Photo:ワックスペーパーを使っての試み
- ⒸHana Takagi
<素材を理解する―紙の考察のクラス>
マンハッタンのレッジョ・エミリア ・アプローチを取り入れている学校でアトリエスタ(芸術担当)として教鞭を取るバリー真由さんの案内でクラスを見学させていただいた。
今回のテーマは「紙」。
3歳児のクラスで教師1名に対して生徒が3名。
厚紙・コピー紙・ワックスペーパー・ペーパータオルなど様々な紙を用意し、教師がそれぞれの紙を振って、どんな音がするか?生徒に質問をしていく。
「ボコボコした音!」「カシャカシャした音!」「パリパリした音!」など生徒は自由に自分が聴こえた音を話していく。
次は「厚い?薄い?」と厚さについて、「透けるか?透けないか?」の透過性について、ほか色や手触り・匂いなど「紙」という素材について五感をフルに使って、様々な角度から考察していく。
その際、教師は決して生徒の発言について否定をせず、常に承認しているのが印象的だ。
このように素材の考察をしていき、「紙はどのようにして使う?」との問いにある生徒は「手紙を書く!」と言ったり「曲げる」「折る」「丸める」「ねじる」など様々な使い方を検討していく。そして実際に用意された大きなボードに子供達がそれぞれ思いの方法で形づけた紙を貼り付けてひとつの作品としていくのだ。
45分間「紙」というひとつのテーマでそれについて話合い、考察していく。
じっくりと素材を味わいながら、深堀していく様子はとても興味深い。
- Photo:工具について話す真由さん
- ⒸHana Takagi
<スキルデベロップメント(技能習得)のためのクラス>
真由さんが担当するこのクラス、見学したのは4~5歳の生徒で、教師1名に対して生徒3~4名。
この日は用意された木片とトンカチ・ドリル・スクリュードライバーを使い、穴を開けて釘やネジを打ち付ける作業をしていく。
入室してきた生徒達に真由さんは木片を持って「これは何ですか」の問いに『Wood(木)』と答え「何から出来ていますか?」と問うと『Tree(樹)』と続く。
木を匂ったり木片を観察してから、作業にとりかかる。
作業中は真由先生から様々な言葉かけが飛び交う。木片をテーブルクランプ(テーブルに固定する金具)に挟む際に「どうして挟むの?」など絶えず質問をしながら進めて行く。
木片にドリルで穴をあける作業では、ドリルを器用に使って穴を開ける子もいれば、柔らかい木に力づくで突き刺す子がいたりと様々だ。
- Photo:横からドリルを使ってみる
- ⒸHana Takagi
続くトンカチでは実際に釘やネジを打ち付けてみるのだが、トンカチの色んな場所で叩いみたり、中にはスクリュードライバーの先で釘を叩こうとする子供もいてあちこちで様々な試みが繰り広げれられる。
途中、ドライバーに釘がくっつき『磁石みたいだわ!』と違う発見をする子がいたり、
他には貫通した釘の板を裏返し、釘をラジコンのリモコンに見立てて運転する子もいてとても楽しげな様子だ。
道具の考察が進むと、今度は叩いたり、ドリルを使う姿勢にも色んな試みが出てくる。
テーブルクランプに挟んだ木片をひざまづいて横から叩いたり、ドリルを使う子供もいた。
これらの行動はひとりだけでなく、複数いたのには驚いた。
これら一連の流れを見るにあたり、このクラスでは単に木片に穴を開け・上手に釘やネジを打ち込むことを目的にしているのではない。ここではそれらの作業を通して思考のプロセスを学んでいるのが見て取れるのだ。この約30分間の間、ほとんどの子供は手を休めることなく作業を続けていた。
- Photo:厚い木から釘を打つと届かない
- ⒸHana Takagi
真由さんにこのクラスについて聞いてみると、
「これらの作業を通して子供達は、木の厚さによって釘が出る・出ないなどの発見をしていき、次第に2つの木を繋げるようになっていきます。
初めは厚い木から薄い木に向けて釘を打つのがほとんどですが、そこで“なぜ釘が届かないの?”という問いかけが出てきたり、二つの木片をくっつけてその間に釘を打つけどくっつかず“なぜ木がくっつかないの?”などと様々な疑問が出てきます。それを色んな方法で試行錯誤しながら子供達はできる方法を見つけていくのです。
先のドリルで力づくで穴を開けれた子供に、柔らかい木と硬い木を混ぜてみるとやり方に違いが出てきますよ!」
大人なら簡単に分かることでも子供にとっては謎だらけ。一見ムダなこと・余計なことをしているように見えるが、問題解決に向けて様々な角度から試行し・思考していくプロセスは学生だけでなく仕事をするようになった時にも生きてきそうだ。
- Photo:「水」の考察から『霧』の詩
- ⒸHana Takagi
<考察した素材について自分の言葉で語る>
レッジョ・エミリア ・アプローチではマテリアルを使った作品としてだけでなく素材の考察を経て、言語でも表現をしていくことを奨励している。
「水」をテーマにしたクラスで、4歳の生徒が書いた詩をご紹介しよう。
『霧』
“僕は霧のようだ
霧は強くて曇っている
それは地球に空から移動する雲
それはあなたが期待して見ていない場所に行く
霧は少し複雑で、時々ボートはどこに行くか分からなくしてしまう
ぼくは時々物事を複雑にしてしまう“
- Photo:「木」のワークの作品
- ⒸHana Takagi
この生徒は人とのコミュニケーションがうまく取れずクラス内で問題をよく起こしていたそうだ。その状況の中で「水」を考察し“霧”という存在を見つけ、彼は自分自身を見つめ・霧にたとえてこのような詩を作ったのだ。たった4歳でこのような深い言葉を綴るとは甚だ驚いてしまう。
このようにレッジョ・エミリア ・アプローチはこれらの取り組みを通して子供を育てていくのだが、深い思考のプロセスを体感していくことは、子供達に新たな発見や学ぶ喜びを与えてくれるようだ。
もし今、子供が通っている学校がこのようなアプローチではない場合、これだけのことを家庭でもやれたら理想的だがなかなか難しいと思うだろう。しかしこのアプローチの考え方に基づいて、承認する言葉がけや結果を急かさず子供に実験の猶予を与えるなどといったことならば、日頃の子供と過ごす時間の中でも大いに取り入れられるのではなかろうか?