2015/01/07 13:07

第8回(前編) NY:レッジョ・エミリア ・アプローチ
— 深い思考と豊かな表現力を育む教育 —

Photo:[紙」の考察 生徒達の作品 ⒸHana Takagi

第8回(前編) NY:レッジョ・エミリア ・アプローチ
— 深い思考と豊かな表現力を育む教育 — 

by 高木悠凪(たかぎ・はな)

 高木悠凪さんは、2010年にご主人の転勤に伴ってニューヨークにお引っ越し。大学時代、美術史を勉強していた高木さんは、2011年に女の子に恵まれて、以来、お子さんをベビーカーに乗せて美術展へ行くなど、いつも親子で積極的にアートに親しんでいます。

Photo:News Week
ⒸNews Week

 
『レッジョ・エミリア・アプローチ』聞き慣れない響きだが、第二次大戦後(1945年)に始まった北イタリアのレッジョ・エミリア市の親達が幼児学校を作ったのがはじまりの教育法。ヨーロッパで起こった教育法で言うと、モンテッソーリやシュタイナーを思い浮かべることが多いと思うが、この教育法を日本で取り入れている学校はまだ数少ないようだ。

News Week誌で1991年『THE 10 BEST SCHOOLS IN THE WORLD』※1にレッジョ・エミリアのプリスクール(就学前の教育をする学校。日本でいう幼稚園)が選ばれ、世界中で知られることになる。

このレッジョ・エミリア・アプローチを取り入れた学校「First Presbyterian Church Nursery School」※2がマンハッタン・ユニオンスクエア近くの趣のある教会内にある。ここでアトリエリスタ(芸術担当教師)として教鞭を取るバリー真由さんにお話を聞いてみた。

Photo:生徒と木の考察をする真由さん
ⒸHana Takagi

 
―“レッジョ・エミリア・アプローチ”とはどういうもの?
 簡単に説明すると以下の8つの柱で行われる。
1.ペダゴジスタとアトリエリスタ
レッジョ・エミリアの創造性を重視した保育実践の特徴は、ペダゴジスタという教育学を専門に研究している者(教育主事)とアトリエリスタという芸術担当教師によってなされている
2.マテリアル(素材)を自由に使って表現
クラスにはさまざまなマテリアが常備されており、アトリエリスタ(芸術担当教師)と一緒にテーマや自分の考えに沿って使うことにより、子供達が自由に発想・表現できるようにしていく。
3.音声記録で子供の発想をきめ細かくキャッチ
日々子どもがどう反応し・どういう発想を持ったかを音声記録し、カリキュラムの内容を子どもの成長記録にあわせて作り上げていく。
また保護者と共に振り返り一緒に子どもの成長を考える事も行っていく。
4.グループワークによるプロジェクト進行
課題についてグループで討議し、発想や経験を再検討することによってよりよい理解を得て行く。

Photo:生徒の様子を記録する真由さん
ⒸHana Takagi

 
5.コミュニティサポート(親の参加)
親達はプログラムの極めて重要な要素として参加を期待されている。
学校での活動や保育、心理的問題の討議、行事など様々な事柄に加わる。
6.「環境が第三の先生」
子供が持つ可能性を引き出すことができる環境とは何か?を考え、その象徴的なものが“アトリエ”と呼ばれる作業空間がある。十分に用意された素材が所狭しと並べられ、しかもそれらが端整に分類されて 美しく配置されている。
7.コラボレーション
子供と教師と保護者の3体の双方が発信者となり、全ての参加者が共同で活動の方向や時期など企画する過程に参加する。
8.「子ども達の100の言葉」
創設者の1人であるロリス・マラグッツィ氏の詩で、レッジョ・エミリアの理念とも言える「子ども達の100の言葉/The Hundred Language of Children」のこと。『子どもは100の言葉、考え方、聞き方、話し方、理想、驚き方、愛し方・・・を持っているのに、学校や文化がそのうちの99を奪ってしまう』レッジョでは、子供の概念、想像力を
100の言葉(絵、紙、粘土、ワイヤー、自然素材、詩、音楽、詩、ダンス)を使って表現する手助けをしている。

Photo:使った道具を戻す子供達
ⒸHana Takagi

 
「中でも実際にレッジョ・エミリア・アプローチでも大事にしているのは、子供達との対話とそれを記録していくことです。これをすることで、私達(芸術専門家と教育主事)が子供たちをより良く理解し、今後のプロジェクト、カリキュラムをつくる手助けになります。また、カリュキラム作りの際に、様々なリサーチをするので、私達の専門的な成長を促進させます。」
と真由さんは語ってくれた。

これら8つの柱を軸にして学校という立場で、子供達の豊かな生命力や備わっている能力を引き出し、子供自ら意識し・能動的に行動的に行動できる人間力を、幼い時から育て ようとするものがレッジョ・アプローチということである。

Photo:紙のコラージュ
ⒸHana Takagi

 
――どのような取り組みをしていくの?(エマ―ジェント・カリキュラムとは?)
あらかじめ設定されたカリキュラムではなく、テーマを週~月の単位でじっくり進めて行く。マテリアル(素材)の探索から始まり、子供の興味や意見によってやがてプロジェクトとなり、途中でその方向性が変わる場合もある。教師はそれを遮ることなく子供のアイデアや意見を引き出す。
マテリアルを使い・表現する子供が、どんなことに興味を持っているのか?注意深く観察。このような方法を実践することで、豊かな人間性を養い、学ぶ事の楽しさを理解し、自分の力で問題を解決する力をつけることができるといわれている。

―これらの取り組みをしていくと、子供にどういう影響を与えることが出来ますか?
「この教育法では、様々なマテリアルを使って自分の考えを表現したり、深い思考をしていきます。なので、子供が就学してからエッセイ(小論文のようなもの)※3を書くようになってくると、このあたりから差が出てくるようになります。幼少期から人より早く文字や数字を“覚える”ことを主眼に置いた教育を受けた子よりも、豊な表現力や深い思考力で質の高いエッセイが書けるようになります。

Photo:様々な紙の使い方の考察
ⒸHana Takagi

 
また、有名私立小学校の先生にプログレッシブ(文字や数字を早く覚えることなどを主眼に置いていない創造性を重視した革新的な教育)からきた幼稚園の子供と、トラディショナル(文字や数字、パターンを覚えるなどの早期教育を重視した教育)の幼稚園からきた子供とどちらがアカデミックスキルがあるかの統計をとってもらったところ、断然プログレッシブの子供のほうが、後から伸びる率が高いそうです。(だいたい3、4年生でほぼ結果が出る)」と真由さんはこの教育法の最も期待される子供への影響について教えてくださった。

どうしても「今どうなのか?」と近視眼的に子供を見てしまいがちになるものだが、「どんな大人になってもらいたいのか?」という中・長期的な視点で子供を見ることが出来たら、子育てに対する不安や焦りはどう変わるだろう?
レッジョ・エミリアという教育法、今たちまち“子供が何かを早く覚えた・出来た!”などという一般的な早期教育の視点に立たず、問題解決に向けて多方向から“深く考え・それを表現する力”をつけるという全く異なったアプローチがあるということを知ることは、親としては大いに助けになるだろう。
もし子供が学ぶことで行き詰った時、違う方法を試すことが出来るのだから。

※1 News Week 1991年『THE 10 BEST SCHOOLS IN THE WORLD』参照
※2 「First Presbyterian Church Nursery School」
※3 アメリカ大学受験の中で大きなウエイトを占めるエッセイ。受験生のテストスコアや学校での成績・実績からはわからない、「その人がどういった人間であるか」を大学に示すことができる重要な要素。この練習をアメリカでは小学校から取り組み始めることが多い。

PROFILE

高木悠凪(たかぎ・はな)

広島県出身。2010年より、夫の赴任によりNYに駐在中。2011年、女児を出産。
大学時代は西洋美術史を専攻。アクセサリー会社から生活雑貨店勤務を経て現在に至る。
趣味の芸術鑑賞にNYはもってこいの場なので、オペラ、クラシック、ジャズ、メトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイム…などに足繁く通いながら、育児に奮闘の日々を送っている。
内閣府認証NPO法人 マザーズコーチジャパン認定 マザーズコーチ。
子育て・産後のキャリアチェンジ・家族やママ友の人間関係など、子育てママ向けのコーチングを実施中。
*高木さんへの執筆・講演依頼、取材して欲しいテーマ、コーチングについてのご相談などがありましたら、info@agrospacia.comまで。