2014/10/22 12:00

第8回 東南アジアのハブ、シンガポールのリアリティ
– 総集編:真似たいシンガポール、真似たくないシンガポール –

Photo: シンガポールのイスタナ(大統領官邸)にて Ⓒ Kodai Kimura

第8回 東南アジアのハブ、シンガポールのリアリティ
– 総集編:真似たいシンガポール、真似たくないシンガポール –

by 木村剛大(きむら・こうだい)/弁護士・シンガポール外国法弁護士(日本法)

シンガポール在住の木村さんは、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所に所属する弁護士で、シンガポールのほか、インドネシアやヴェトナムなど、東南アジア各国に進出・展開する日系企業の法務支援を行って活躍中。『AGROSPACIA』では、シンガポールで活躍する方々のインタヴュー、木村さんご自身による取材に基づくコラムをお願いしています。

ご好評を頂いている連載第8回目は、シンガポールのリアリティ総集編です。

Photo: ライトアップされる中秋節のチャイナタウン
Ⓒ Kodai Kimura

 
 2014年8月9日、シンガポールは建国49周年を迎え、50年目に突入した。わずか10年前にはマリーナ・ベイ・サンズもセントーサ島のリゾートもなかったのであるから、近年の変化は目覚ましいものがある。
シンガポールに長期滞在している人と話をすると、「シンガポールは退屈」という意見もしばしば耳にする。たしかに、シンガポールは、東京23区と同程度の面積しかない小さな国で、気候も年中変わらない。観光には2泊3日もあれば十分であろう。しかし、他のASEAN諸国と比較すると、シンガポールの過ごしやすさは突出しているのではなかろうか。地下鉄、バス、タクシーといった整った公共交通機関、夜中にも一人で出歩くことのできる治安のよさ、政治情勢の安定性、お腹を壊すことなく安心して食べることのできる食事など、シンガポールに住んでいると当然と思われることが他のASEAN諸国を訪れると実は当然ではないことを実感する。

Photo: ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ
Ⓒ Kodai Kimura

 地理的に東南アジアの中心に位置するシンガポールからは、チャンギ空港へのアクセスのよさも相まって、非常に気軽に周辺国に旅行に行くことができる。筆者もシンガポール滞在中に、ヤンゴン(ミャンマー)、バンコク(タイ)、クアラルンプール(マレーシア)、ホーチミンシティ(ベトナム)、ジャカルタ(インドネシア)といった国々を訪れた。たとえば、ホーチミンシティには地下鉄がないので、旅行者の主な移動手段はタクシーになる。もっとも、しっかりとメーターを使用してくれるタクシーは限られているため、ビナサン(Vinasun)タクシーやマイリン(Mai Linh)タクシーを選んで乗車する必要がある。ジャカルタでも安心して乗っていいのはブルーバード(Blue Bird)タクシーだけ、と言われている。筆者が実際にジャカルタを訪れた際に一度試しにホテルからブルーバード以外のタクシーを使ってみたことがあるが、目的地には着いたものの、明らかにメーターよりも高い金額を請求された。ヤンゴンではそもそもメーターつきのタクシーがなく交渉性であるし、バンコクでもメーターを使用するか運転手に確認して乗る必要がある。治安でいうと、ジャカルタを夜中に一人で出歩くのは勇気がいるし、クーデターを繰り返す安定しないタイの政治情勢には常に気を配らざるを得ない。食事もレストランであっても飲み物とともに出てくる氷でお腹を壊したといった話は日常的に聞く。シンガポールでの日々の生活ではこのような不自由は感じない。

Photo: クアラルンプールのペトロナス・ツインタワー
Ⓒ Kodai Kimura

 これまでの連載記事で度々書いてきたように、シンガポールの特徴は何と言っても経済合理性を追求する政府の強力なリーダーシップであろう。本連載第7回ではホーカーを登録制にして政府の管理下においた歴史的経緯、第6回ではHDB申し込みにおける優遇などによる結婚奨励策、第5回ではカジノを含む統合型リゾートの導入、第2回ではアジアのアートハブを目指すシンガポールの取り組みについて紹介した。シンガポールは1965年の建国以来、人民行動党(People’s Action Party)の一党独裁が続いており、経済発展を最優先として民主政治を制限する政治体制は「開発独裁体制」とも言われる。このような開発独裁体制は、経済発展後、政権運営一族に関する汚職などにより、正当性を失って終焉に向かうことが多いとされる。しかし、シンガポールでは経済発展後も開発独裁体制が継続しているというのは興味深い。ひとつには建国の父リー・クワンユーが汚職撲滅の必要性を強く認識しており、自身に汚職スキャンダルがなかったことはもちろん、強大な権限を有する汚職調査局(Corrupt Practices Investigation Bureau)の設置、官僚への高額の給料支給などにより、制度的にクリーンな政治体制を築き上げてきた功績が大きいのであろう。トランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)が毎年発表する腐敗認識指数2013(Corruption Perceptions Index 2013)ではシンガポールは177か国中5位という上位にランクされている(日本は18位)。

Photo: ホーチミンのベンタイン市場
Ⓒ Kodai Kimura

 他方で、もちろんシンガポールがすべての側面において優れているわけではない。経済発展が続いているために正当化されている民主政治の制限は、経済発展に陰りが見えれば国民の不満となって噴出する危険性を孕んでいる。2014年9月に香港行政長官に関する民主的選挙を求めて始まった香港民主化デモはシンガポールにとっても他人事ではない。シンガポールには言論の自由(報道の自由)がないことは有名な話で、新聞、テレビといったメディアも政府の管理下にある。国境なき記者団(Reporters Without Borders)が公表した世界報道自由度指数(World Press Freedom Index 2014)では、シンガポールは180か国中150位という評価だ(日本は59位、中国は175位)。2013年には、放送法(Broadcasting Act)の適用対象が一定の条件をみたすインターネット上のニュースサイトにも拡大され、さらに報道規制が強化されている。
シンガポールの経済的発展に着目すれば眩いほどに成功していることは疑いない。実際に国民の生活は豊かになっているのであろう。しかし、その一方で、日本の感覚からはかけ離れた開発独裁体制という側面もある。東南アジアのハブ、シンガポール。あなたは真似たい? 真似たくない?

PROFILE

木村剛大(きむら・こうだい)

弁護士

2007年弁護士登録。ユアサハラ法律特許事務所入所後、主に知的財産法務、一般企業法務、紛争解決法務に従事。2012年7月よりニューヨーク州所在のBenjamin N. Cardozo School of Law法学修士課程(知的財産法専攻)に留学のため渡米。ロースクールと並行してクリスティーズ・エデュケーションのアート・ビジネス・コースも修了しており、アート分野にも関心が高い。2013年8月よりシンガポールに舞台を移し、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所にて、東南アジア各国に進出・展開する日系企業の法的支援に従事した。2014年10月ユアサハラ法律特許事務所に復帰。

Twitter: @KimuraKodai