Jay Yamamoto(ジェイ・ヤマモト)
日本生まれ。1987年よりカリフォルニアに渡って以降、多少出入りはあったものの、結局そのまま居着く事に。大学では農業から転向して生理学を専攻したが、選んだ仕事は印刷や出版、画像関連のエンジニアという真反対な分野等を渡り歩き、現在はUI/UX Designとl18nの融合的な分野を中心に活動中。
学生時代には車でコンチネンタルUS全土を走破してみたり、釣りでシエラ山中を歩いたりと、のめり込むと深堀するので趣味は多岐に渡るが、基本的にはアウトドア派な酒呑み。
最近のシリコンバレーで静かに盛り上がっていることとは?
最近のシリコンバレーで静かに盛り上がっていることとは?
1987年から主にカリフォルニア北部で暮らしているジェイ・ヤマモトさん。本業はシリコンバレーのエンジニアですが、大学時代は農業や生理学を専攻していたこともあって、農作物や釣りについての情報・知識が豊富で、自身でもアウトドアを大いに満喫しておられます。『AGROSPACIA』では新たに、ヤマモトさんが目にした北米での農業を含むアウトドア・トレンドについてのコラムをお願いすることになりました。
第一回目は、サンフランシスコ・ベイエリアでちょっとした流行となっている「家庭菜園」というには本格的過ぎる「アーバン・ファーミング=都市型農業」についてです。
- Photo: 元気に走り回る鶏たちも…
- Ⓒ Jay Yamamoto
■ 最近のシリコンバレーで静かに盛り上がっている農業
この10数年の間、家族ぐるみでつきあっている友人がいる。シリコンバレーの山の手といったロスガトス郊外の丘の上に4エーカー以上の土地付きの家を借りている。元々はフランス出身なのだが、勤めていた会社が米企業に買収され、こちらで働く様になったのがきっかけで知り合いになった。知り合った当初はそれほど有機栽培や農作業などにそれほど関心は無かったようだが、乾燥地とはいえ広い土地があるので有効に使おうと、勉強好きが嵩じて実践を始めた。まずはトマトの栽培からはじまった家庭菜園は果実も含めてどんどん拡張し、今ではちょっとした農家状態となっている。野菜や果物の次には鶏を飼う事を計画し、最初は2匹のひよこから始めたが、こちらもどんどん拡張して現在では20羽以上を主寝室くらいの広さの鶏舎で飼育している。さらにうさぎを飼ってみたりもしたのだが、こちらは山間部ということもあって、野生動物にやられてしまった。
彼の家は広さという点では、確かに日本とは違いがありすぎるかもしれない。とはいえ、現在 シリコンバレーでは、彼らのように何らかの家庭菜園を持ち、鶏を飼うことを実践している家族が大変な勢いで増えているのだ。上述したような郊外の山間部の市だけではなく、グーグルが本社キャンパスを構えるマウンテン・ヴュー市では、ある程度の広さのある家であれば、雌鳥だけではあるが4羽までなら届け出なく飼うことが許されて(雄鶏はやはりうるさいためか認められていない)いる。鶏を飼っている人たちどうしでの集会や情報交換会も盛んだ。シリコンバレーという土地柄から、一般的には「ハイテク一辺倒」と思われがちな印象からすると、真反対のことが起きているのである。
■ 家で鶏を飼い始めた理由
最初に紹介した私の友人は根っからのエンジニアで、元々の経験や素養としての農業知識は一切持っていなかった。インターネットでの検索や、集会で得られた知識を実践しているのだ。集会に参加している他の人たちもほぼ同様で、ある意味農業従事者としては全くの素人ばかりである。では、なぜそのような無縁に近いようなことにわざわざ関心を持って実践しているのだろうか? 彼らが異口同音に指摘するのは、食への関心と子供への教育としての経験だ。大抵の家族は子供が学童期にあり、学校でいろいろなことを学んではくるのだが、どうしても食に関しての教育は難しいらしい。どうやって野菜や肉、魚等が食卓にあがってくるのか、それらをどうやって調理するのか、そしてそれが自分の体にどう影響があるのかを大人の視点でなく、子供のうちから経験として覚え、実践してほしいと考えている親が多いのである。
私の友人は単に鶏に餌をやって卵を採るだけでなく、糞を肥料に使うことや、果てはさばいて食べるということも子供達に教え、実際にやらせている。残酷との印象もあるが、結局、誰かがそれを代わりにやっているだけで、知らずに食べる訳にはいかないという考えである。最近は、家ではやりにくい個人や家族向けの専門業者も出てきて、業者に送ればさばいて肉として加工もしてくれるサービスもあるらしい。つまり、それほどの需要がすでにあるということだ。
■ 全米で家庭菜園、養鶏が流行っている
家庭菜園や養鶏といった食に関する関心は、今に始まった事ではない。早くはマーサ・スチュワート、最近では大統領夫人のミシェル・オバマもTV番組に出演して、食とそれに付随するいろいろな家事を教育の一環として実地して体験させ、ひいては親をも教育するという運動を行っている。複数の雑誌も定期刊行物として出始めているし、特集号として養鶏を扱う記事も増えてきた。どちらかというと、今まで農業とは無縁だった人たちが積極的に家庭菜園という都市型農業に注目し始め、外食産業も地元のファーマーズ・マーケットからの食材を積極的に取り入れ始めている。いまや、食への関心が高いということは単に「おしゃれ」というだけでなく、教養の一部となり始めているのだ。それだけに普段食品を購入する店舗も選ぶようになり、同時に食材を提供する市場側もそれに対応すべく、有機栽培野菜や減農薬をうたう商品を並べている。しかし、それだけでは満足できない人たちが直接みずからの手で野菜を育て、鶏を育てるということを始めているのだ。
面白い例がある。ウィリアムズ・ソノマというサンフランシスコでも一等地のユニオン・スクエアに本店を構える調理器具や食器等を扱う高所得者向けの店がある。店内では所狭しと鍋から包丁、果ては炊飯器、スパイスにいたるまで、ほとんどのキッチン・ガジェットと呼ばれる商品を扱っている。実はこの店のオンライン・ショップでは養鶏用のケージ(鶏舎)も販売しているのだ。一点、$1,000以上する物もある。店内では展示できないから、さすがに現物は置いていないが、注文すると「キット」の形で届き、一日あれば庭に豪華な養鶏舎が設置できるパッケージとなっている。同様に家庭菜園用の盛り土用木枠や腐葉土を作るためのキットなども取り揃えている。自前の日曜大工でこうしたものを作れない「不器用」な顧客の要求に応えるために、お手軽なキットが取り揃えてある。もちろん凝り性な人たちは完全に自前で作成して設置するのだが…。
■ 単にオーガニック製品を消費するという生活とはまた違う新しい波
最近までオーガニック食品というと価格的に高いというだけでなく、工業加工製品に対する、ある種の敵対メッセージを発するような印象があった。有機栽培野菜を求めて共同体を作り、栽培農家を限定して生産してもらい、それを購入するやりかたがメインだった。もちろん、そうした「オーガニック」のサービスは、ここシリコンバレーにおいてもまだまだ健在である。前出の私の友人も、以前はそういった定期購買形式の野菜を購入していた。だが、結局、求めているものと違ったり、子供の好き嫌いなどで、せっかくの食べ物を無駄にすることが多かったという。そうした試行錯誤を経た人たちが取り組むのは、他人まかせにあきたらず、自ら実践して、納得した上で手を広げるというやり方でのアーバン・ファーミングだ。これだと一方的に送りつけられて困るかわりに自分が納得する方法で食品を入手でき、おまけに集会などで余剰生産物を物々交換できる。ちょっと考えてみれば、これは現代における原始社会の復活のような話でもある。