2014/07/08 12:00

シンポジウム:創造都市とグローバルエコノミー
—多様性豊かな社会を目指して(後編)

Photo:午後のパネルディスカッションの始まり ⒸKonomi Kageyama

シンポジウム:創造都市とグローバルエコノミー
—多様性豊かな社会を目指して(後編)

by 藤牧 望(ふじまき・のぞみ)& 中村 聡子(なかむら・さとこ)

 6月14日、青山学院大学本多記念国際会議場に於いて、『創造都市とグローバルエコノミー —多様性豊かな社会を目指して— 』と題するシンポジウムが開催された。主催は青山学院大学総合文化政策学部、並びに、同大学社学連携研究センター(SACRE)で、駐日アメリカ大使館、株式会社ラッシュジャパンによる助成、デルタ航空の協賛、また、青山BB (Beyond Borders) ラボ、学校法人インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢 (ISAK)、特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ、異業種交流会「土曜会」、牧野総合法律事務所弁護士法人、アグロスパシア株式会社などが、本シンポジウムの開催に協力した。

シンポジウムの主旨は、「2020年にオリンピック開催都市となる東京があらゆる人にとって暮らしやすく、訪問する人にとって快適で楽しい創造的な都市になるためには何をすべきか。LGBTのソーシャル・インクルージョンを含む、人権に配慮し、多様性豊かなコスモポリス東京という未来を描くためのシンポジウム」で、「21世紀の東京に望まれる多様性とは何か」について、様々な観点からの議論が行われた。今回は、当日午後のプログラムを中心に報告する。

Photo:ディスカッションに先駆けてプレゼンテーションを行う村上憲郎氏 Ⓒ Konomi Kageyama

 シンポジウムの午後の部は、グーグル日本・前会長の村上憲郎氏が登壇して幕を開けた。村上氏はグローバル人材の採用、及び、人事評価の基準について、「今の時代、候補者は日本にいる日本人だけではなく、世界を対象に優秀な人を探してくる時代。その人の能力と関係のないことは採用の基準として使えない。日本企業の競争力につながっていくような採用、人事評価の仕組みを考えなくてはならない」と、パネルディスカッションに先立つプレゼンテーションの中で述べた。

続いて、村上氏、KADOKAWAウォーカー情報局統括局長の玉置泰紀氏、特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀氏を迎えてパネルディスカッションが行われた。モデレーターは『アグロスパシア編集長』であり、青山BBラボの担当教員でもある岩渕潤子氏。

 まず、一般企業での勤務経験があり、ご自身がレズビアンであることをカムアウトしている村木氏から「自分の経験として、先ほどの村上氏のプレゼンは真逆の企業が日本には多いと感じる。例えば、今の日本で、自分のように、39歳で転職経験の5回ある女性が容易に再就職できるとは思えない」という指摘が出た。

Photo:パネリストとして発言する虹色ダイバーシティの村木代表 ⒸHaruna Watabe

 企業側の立場として、玉置氏からは「出版社には社員の仕事とジェンダーという問題がある。例えば、出版の仕事というのは、1か月の中の中でものすごく忙しい期間とそれほどではない時期があり、仕事量の浮き沈みが激しい。身体能力としての腕力といったことではないが、出版社特有の、ある種、過酷な環境で働けるのかという意味で、労働とジェンダー、家庭や家事と両立できるのかどうかを議論しなくてはならない。組織運営を円滑に続けていくにはどうしたら良いかということにどうしても焦点が行ってしまい、正直なところ、LGBTまで手が回っていないというのが、今の自分の会社の現状。ただ、もっと攻めの人事でそこに踏み込むことができたら、次のステップに進めるよう思う」と述べた。

これに対し村木氏からは、玉置氏が所属する出版社が発行する『関西ウォーカー』ではLGBTのグループのイベントを紹介するなど、LGBTのネットワーク作りにも一役買っているという指摘があり、また、日本ではBL(ボーイズ・ラブ)というジャンルが女性を中心に人気を集めており、歴史的にも同性愛に寛容な側面があるので、当事者だけでなく、文化的に関心があるという幅広い層の人たちをLGBTへの理解促進のために繋げられると良いのではという意見が出された。

このパネルディスカッションで何回も登場した言葉がアメリカだ。アメリカはLGBT先進国とされ、近年、多くの州で同性婚が認められるようにもなっている。学生時代を含め、長くアメリカで過ごした岩渕氏は「アメリカでは企業がLGBT市場に大きな関心を抱いており、一部で根強い排斥はあるものの、大統領を筆頭に、社会全体としてLGBTの受け入れに積極的であることをアピールしている。企業にしても、優秀な人であればどんなバックグラウンドのであっても採用するから、LGBTであるかどうかに関係なく、能力に基づいた合理的な人事が行われる」と述べた。同じくアメリカで勤務経験の長い村上氏は、「アメリカというのは、信仰の自由を求めた清教徒を含む人々が作った国。だから自由こそが大事であるという国家理念があって、その理念を遂行するために合理的な考えをするようになった。日本もただビジネス・チャンスだからとLGBTを押し出すのでは無く、彼らが自然に受け入れられる社会環境をきちんと着実に整えていかなくてはならない。アメリカでも一朝一夕でLGBTが受け入れられるようになったのではない。着実で地道な取り組みというのが今の環境を作っている」と述べた。

Photo:応募者の出身国を示すISAKの柳沢理事 ⒸHaruna Watabe

 次に、今回のシンポジウムのプログラム、締めくくりとして、多様化について先進的な取り組みを行っている企業や団体の事例紹介が行われた。プレゼンテーションを行ったのは、柳沢正和氏、レティ・アシュワース氏、高橋麻帆氏。モデレーターは青山BBラボ協力教員であり、駐日英国大使館広報部マーケティング・渉外マネージャーの佐野直哉氏。

柳沢正和氏は学校法人インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢(以下ISAK)の理事で、今年9月に開校するISAKについて紹介。この学校がミッションとして掲げているのは「今の状況から新たなフロンティアを作りだし、新しいリーダーを作る」で、全寮制。生徒の約70%を留学生として想定しており、国際ヴァカロレア制度も導入している。注目を集めているのは、「与えられた問題を解決する能力だけでなく、問題を設置する力を養成していく」という建学の方針である。
質疑応答で、イスラム教と政治について研究しているという来場者から、「イスラム教ではLGBTを快く思っていない人もいる。宗教的に食べ物など特別な配慮が必要な場合もある。そういう時はどうするのか?」という質問が出た。柳沢氏は「特別な配慮が必要な人ももちろんいる。学校側としては、彼らの文化的背景などの知識を生徒に与え、生徒たちはそこから問題を設定し、解決策を自分たちで考えていく。その結果に正しいという答えはないのかもしれないが、学校である以上、学校の理念に合致した解決策を考え出して、それを実行する」と回答した。

Photo:デルタ航空グローバル・ダイバーシティ担当
ジェネラルマネージャーのレティ・アシュワース氏 ⒸHaruna Watabe

レティ・アシュワース氏は、今回のシンポジウムのスポンサー、デルタ航空のグローバル・ダイバーシティ担当ジェネラルマネージャーである。デルタ航空はアメリカに本社を置き、グローバル展開している大手航空会社で、顧客、従業員ともに世界中のあらゆる人たちと関わっていることから、CEOを先頭に、多様性への取組みに大変積極的であることで知られている。
デルタ航空には多様化を実現するために8つの社員サポート・グループが存在する。アジア系のグループ、アフリカ系のグループ、ヒスパニック系・南米系のグループ、障害を持つ人たちのグループ、LGBTを対象とするグループ、女性をサポートするグループ、退役軍人のグループ、子供を失ってしまった親たちを支援するグループである。また、日頃、社員たちが出会う機会がない、バックグラウンドの異なるスピーカーを招聘して、様々な文化を知識として考える機会も設けている。

アシュワース氏は「多様化を推進するには、もちろん全社員がかかわっていくことが必要だが、それを引っ張っていく人も必要である。弊社ではCEOがそのリーダー。会社全体として、ダイバーシティが受け入れられる社会を作るということが大きな目標だ」と述べた。

Photo:(株)LUSHジャパンの高橋氏による発表 ⒸHaruna Watabe

 株式会社LUSHジャパンのチャリティー・キャンペーンマネージャーである高橋麻帆氏は青山BBラボの第一回公開勉強会でも講師をお願いした。LUSHは「店舗は最大のメディア」というコンセプトをもとに、動物実験の禁止を訴えるキャンペーンやロシアの反同性愛法に反対する「ピンクトライアングル・キャンペーン」などを行ってきた実績があり、日本国内においても多様化への取組みに熱心であることが、若い世代を中心に支持されている。
これらのキャンペーンの数々は、LUSHで働く人たちの信念をメッセージとして発信していきたいという思いに基づくものである。LUSHという企業において、「セクシャルマイノリティーは特別なことではない」という考えが文化として受け入れられている。とはいえ、ピンクトライアングル・キャンペ-ンの際、「自分はセクシャルマイノリティーなのだが、今までは言うことはできなかった」という社員がいた。様々なキャンペーンをきっかけに、社員が他の社員と自分のことを気がねなく語り合うようになっていく・・・高橋氏は、社内に硬直的な決まり事を作るよりも、社員が考えたことを積極的に発信することで、会社を通じて社会が良い方向に変わっていくことに貢献できるのではないかと感じているという。ピンクトライアングル・キャンペーンを経て、LGBTであることを自然とカムアウトする社員も増えたが、当事者の間で「LUSHはLGBTフレンドリー企業」ということで、就職先としての人気も高まっているようだ。

 今回のこのシンポジウムは青山BBラボが始動してわずか2か月。一つの目標として準備してきたもので、ラボに所属する学生にとってこの2か月は新しい世界との出会いの連続だった。アンケート報告で、担当した学生たちが言っていたように、このラボに入ったことを誇りに思える自分たちがいる。これからも様々な出会いを通して、すべての人が暮らしやすい社会を実現していきたいと再確認した一日となった。

 最後に、お忙しい中、今回のシンポジウムで貴重なお話をしてくださった登壇者のみなさま、そして私たちに様々な素晴らしい体験をさせて下さっている関係諸氏にこの場をお借りして感謝の言葉を述べさせていただきます。本当にありがとうございました。これからも青山BBラボをよろしくお願いいたします!