2014/04/18 12:00

第4回 東南アジアのハブ、シンガポールのリアリティ
– 教育大国シンガポールで考えるこれまでの教育、そして未来へ(インタビュー後編)

Photo: SMUキャンパスにて Ⓒ Yoshiaki Sawada

第4回 東南アジアのハブ、シンガポールのリアリティ
– 教育大国シンガポールで考えるこれまでの教育、そして未来へ(インタビュー後編)

by 木村剛大(きむら・こうだい)/弁護士・シンガポール外国法弁護士(日本法)

ご好評を頂いているシンガポールからの木村剛大さんの連載第4回目です。

シンガポール在住の木村さんは、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所に所属する弁護士で、シンガポールのほか、インドネシアやヴェトナムなど、東南アジア各国に進出・展開する日系企業の法務支援を行って活躍中です。『AGROSPACIA』は木村さんの協力を得て、シンガポールのリアリティをご紹介するコラム、現地で活躍する方々のインタヴューのシリーズを引き続き連載していきます。今回はシンガポールに留学中の、エネルギーに溢れる方々にお集り頂いて、座談会形式でお送りします。

Photo: 南洋理工大学キャンパスにて
Ⓒ Teruo Iwamoto

 今回はシンガポールの大学で学ばれている以下の方々にインタビューを行いました。

シンガポール国立大学法学修士課程(LL.M) 大林、シンガポール経営大学法学修士課程(LL.M) 澤田、シンガポール国立大学人文社会科学部(東京大学法学部より交換留学) 竹内、南洋(ナンヤン)理工大学ビジネススクール(MBA)(高麗大学ビジネススクールより交換留学) 岩本、シンガポール国立大学ビジネススクール(MBA) 伊藤、シンガポール国立大学大学院工学部土木環境工学科環境工学専攻 下平、シンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院(MPA) 梶、シンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院(MPA) 横田

「語学学習」という永遠のテーマ

木村:語学学習のコツは日本人にとって永遠のテーマかと思いますが、それぞれご自分の経験からこうすると語学が上達しやすいのではという意見があればぜひ教えてください!

岩本:まず英語以外の語学についての雑感ですが、そもそも英語以外の語学は知識が限りなくゼロに近いところから始めるということもあるからなのか、意識的にも実際の経験曲線的にもモチベーションを高い水準で維持できるような気がします。またシンガポールでは習熟度が初期の段階でも各種言語のネイティブと話す機会が多く持てるので、発音的にも使い回し的にも自然な学習ができているような気がします。中でも、やはり友人と飲みに行ってとにかく言語を使うということは「使える」言葉を増やすという意味で極めて有効なのではないでしょうか。一方、英語に関するところで感じるのは、話者の年齢層にもよりますが、シンガポールで話される英語は日本人の感覚からすると完璧な英語でないことも多いので、英語に関してはその辺りの心理的負担がかなり軽減され話すハードルが下がるかなとも思いますし、また学生に限らず多言語環境に身を置く機会が多くあるのでビジネスシーンでも中級レベルのいろんな言語が飛び交い正確性が棚上げになっていることは事実としてよくあると思います。ここは魅力に感じます。

梶:シンガポールで英語が伝わらないと、こっちもむこうも悪いなと思っている感じがしますよね。そういう意味では岩本さんが言われるように心理的負担は低いので、英語を学びたい人の最初の留学先としてシンガポールはいいかもしれませんね。

大林:友人と飲みに行ってしゃべることが大切というのは岩本さんのおっしゃるとおりですね。先ほどシングリッシュの話が出ましたけど、留学すると様々な国の人が様々な英語を話していることがよく分かります。ネイティブでなくても、文法が完璧でなくても堂々と話すということが大切だと感じています。

木村:皆さん言われるように心理的な側面は私も重要だと思っています。私はシンガポールに来てせっかくだからと中国語の勉強も始めました。そうすると、これまでは日本語に比べて英語は不自由なわけですが、中国語と比べると英語のほうがはるかに語彙力もあるし、話せるわけです。なので、あくまで精神的なものですが、中国語を始めることで英語を話すのが楽になった気がします。シンガポールは中国語も通じる環境なのでいいですよね。チャイナタウンでは中国語しか通じないところも結構ありますからね。

横田:そういう精神的な面は大事かもしれませんね。実は私の場合は木村さんと逆で、パプアニューギニアの共通語は非常に簡単なんです。なんといいますか、文法がないので、単語を並べればコミュニケーションがとれるようになります。中国語と違って発音も日本人には難しくありません。そのため、私はパプアニューギニアへの赴任によって英語に戻るのにかなり心理的なハードルが上がってしまいました(笑) 英語教育についていえば、語学は筋トレのようなものなので、とにかく毎日やるということをもっと意識してもいいかもしれません。一般的には他の言葉に比べたら英語は取っ掛かりやすいですしね。

伊藤:私もNUSで中国語のクラスをとっています。娘がローカルの託児所に行っていて、中国語を話すようになってきたので、コミュニケーションをとるために私も中国語を始めました。必死に勉強しています(笑)。

木村:それは語学学習の最高のモチベーションになりますね!

竹内:僕もNUSで中国語のクラスをとっています。英語の話でいえば、中学、高校は普通の日本の学校でしたので、英語を話す機会が少なくなってだんだん英語力は落ちてくるなという実感がありました。なので、映画を英語で観たり、小説など本を英語で読むようにしたりは意識的にしていました。

木村:一度獲得した英語力を維持するためには継続的に使い続けることが大切ということでしょうか。伊藤さんは高校からいきなりアメリカの大学に進学されたわけですけど、英語は元々得意だったのですか?

伊藤:いえ、全く話せませんでした。ホームステイして毎日英語を使わざるを得ない環境にいて1年半くらい経つと何とかある程度話せるようになるかなとは思います。回りに日本人は少なく、英語話せないとどうしようもないですからね。

下平:私もコツはやはりしゃべるようにするしかないと思っています。留学前はスカイプでフィリピン人講師と英会話をするサービスを利用していました。毎日30分利用しても月5000円程度だったので、おすすめです。

梶:スカイプ英会話は私もやってましたよ!

澤田:スカイプ英会話は私も留学前利用していました!他にはロースクールに行くとやはり専門的な法律の議論をする必要がありますので、最低限専門用語のボキャブラリーを増やすことはどうしても必要になってくると感じています。

竹内:シングリッシュの話ですけれども、周囲のNUSの学生をみる限りでは、英語教育で育った若い世代のシンガポール人の書く文章は他の英語ネイティブの人のものと全く変わらないと思います。文章であれば、シンガポール人が書いたものかそうでないかの区別は難しいと思います。シンガポール人を半ネイティブという人もいますが、ネイティブですよ。

木村:竹内さんは帰国子女で英語が使えることはやはりよかったと思いますか?

竹内:英語力は大きなアドバンテージにはなっています。自分の場合は物心つく前から様々な国の友人が自然にいる環境で英語に慣れ親しむことができて、自然に入り口に立てたことで苦手意識はなかったので、それがよかったのだと今は思います。

横田:やはり、英語は筋トレじゃなくて、自転車みたいに扱えたらもっと行動範囲が広がるツールだと思って楽しく身につけられたらいいですね。

Photo: シンガポール国立大学法学部
ブキティマキャンパスにて
Ⓒ Yoshihiro Obayashi

これまでの教育、そして未来へ

木村:最後に、これまでの教育を振り返って未来につながるご意見があればお願いします。

岩本:私は日本の教育には割りと肯定的なほうです。道徳ですとか技術、家庭科などバランスよく学ぶ機会があるのは人間性を高めますし、それがサービスの品質向上や技術開発などにおいて、同単位の労働力や資本の投下に対して大きな生産性上の効果を生んできたのだと思います。シンガポールでは、道徳は罰金を課せばいい、技術、家庭科はメイドを雇えばいいという発想らしく、ローカルの学校ではこれらの授業は課されないと聞きましたが、そのような学校に通わせてみるとお子さんの様子がどんどん変わっていくのを感じ日本人学校に入れ直した、という話を聞いたこともあります。経済的に豊かになっても日本人的にはあらゆるものの品質に「?」と思うことがあるのはその差ではないかなとさえ思うことがあります。ただし、シンガポールではとにかく成績が非常に重要で名門中学に行けなければ、名門高校に行けない。名門高校に行けなければ名門大学にも行けない、名門大学を卒業できなければ好条件の政府や会社に入れないという日本よりもはるかに厳しい競争環境のようですが、その緊張感には学ぶこともあると思います。実は韓国も同様でSKY(ソウル大学、高麗大学、延世大学)と呼ばれる名門大学に行けないと、サムスンを初め財閥系の主要企業にはまず入れません。日本の教育を肯定する一方で留学による価値はいくつかの面で高いと思っています。その一つとしては土地・文化の理解でしょうか。現地にいれば現地の人の考え方が分かってきますので、国内市場があらゆる業種で飽和していく中でその先の成長をビジネスに取り込んでいくためには近隣にある成長市場の基礎的条件の理解は必須ですし同時に(今のところ)大きなメリットになると思っています。

竹内:今振り返るとインターナショナルスクールでの経験は非常に良かったと思っています。まだ小さくてそんなに勉強という感じでもなく単純に楽しかったからというのもあるかもしれませんが、人数が少なくて先生との距離も近かったですし、様々な国のクラスメイトと会えて楽しかったです。こういう経験は日本の通常の学生生活ではなかなか難しいかなと思います。

横田:私も日本以外の国の人と過ごせる環境というのはもっとあったらよいのかなと思います。関心を持つきっかけになりますし、色々刺激を得る機会も多いでしょう。これまでは日本だけでもある程度のマーケットサイズがあり、日本の中だけでもやって来れていた部分はあるかと思いますが、今後はより外と向き合う必要性が増すでしょう。

梶:これからは日本のことしか知らないと食べていけなくなるのではないかという危機感をもっと意識したほうがよいのかもしれませんね。興味の範囲を広げるという意味で多様性のある環境は増やしていくべきだと思います。ただ、内容的には日本の高校までの教育レベルは高いと思っています。

澤田:法学教育についていえば、日本の教育のレベルは非常に高いと思います。英語で発信するという伝達手段だけが大きな問題なのではないかという気もしています。中学、高校というかなり早い段階でエリートが選別されていくシンガポール型は日本に導入するには厳し過ぎるのではと思ってしまいます。日本では名門大学を出ていなくても成功する人はいくらでもいますが、シンガポールでは例外は非常に狭き門のようです。あと日本は教育の過程でもう少し色々な価値観があってもよいのかな。シンガポールは多民族国家ですし、留学生も多いのでそういう面では優れていますね。

下平:シンガポール型そのものは難しいと思いますが、私はどちらかというとシンガポール型もありなのではないかと思っているほうです。実際、日本国民全員が英語を話せる必要はないですから。ただ、日本の場合、親の所得水準と子供の教育レベルがリンクしている傾向にあるようですので、英語を勉強したい、という子供には、平等に機会を与えることが必要かと思います。多様性という点では日本の大学は海外から学生を呼び込むような方法を考えていかないといけないでしょうね。その点、シンガポールは、積極的に留学生を受け入れるなど、戦略的に取り組んでいますので、日本も参考になるのではと思います。あと日本の英語教育は改善が必要でしょう。もう少し実践的な会話やライティングを重視する必要があると思います。

伊藤:日本の英語教育はだめというのは全会一致でしょう(笑)

木村:そうですね。私も異論ありません(笑) 大林さんは自分のお子さんには早い段階で留学させたいと思いますか?

大林: 英語はもちろんできたほうがよいですが、小さいうちからというのは実はあまり思わないですね。まずは、日本語をしっかりと学んで、日本人として日本の文化をよく分かって欲しいし、その上で本人が海外に行ってみたいと思うタイミングで、英語や他の国の文化を学べばよいと思います。

木村:それでは岩本さんに怒られないよう最後にまとめを入れたいと思います(笑) これまでの教育を振り返って日本の英語教育は問題ありという点とこれからの教育の視点として多様な価値観に触れられることはプラスであるという点では意見は一致していましたね。多様な価値観を経験できる場がインターナショナルスクールなのか、海外留学なのか、将来的に日本の教育機関でこれが身近に達成される環境が生まれるのかは分かりませんが、多様な価値観を知ることで日本を知ることにも通じると留学をして感じています。英語学習のコツとしてはとにかくしゃべる機会をつくること。これには英語を使うハードルをいかに下げるか、どのようにモチベーションをつくるかという精神論も関係してきそうですね。

 シンガポールを選択する理由としては、①東南アジア市場を見据えるため、②シンガポールの政策への関心、③多様な価値観に触れられる環境という3点が大きな視点でしょうか。本連載のタイトルも「東南アジアのハブ、シンガポールのリアリティ」と名付けましたが、様々な分野でシンガポール政府はシンガポールが東南アジアのハブ機能を担うための政策を打ち出しています。教育もシンガポールが政策として力を入れている分野で、海外から学生を呼び込もうとしています。政策によってこれだけの経済成長を遂げてきた国なので、何か期待感を持たせる国とはいえるのかもしれません。一方で、経済合理性が第一の割り切った政策を推進しているため、徹底した学歴社会で敗者復活が極めて難しいという点は、日本人の感覚からはそれで本当によいのだろうか? という疑問も抱くところでもあると思います。

 皆様、お忙しいなか本日は遅くまでありがとうございました。謝謝你們!

(了)


大林良寛(おおばやし・よしひろ)
弁護士 2008年弁護士登録後、弁護士法人淀屋橋・山上合同に入所。主な業務分野、M&A、組織再編等、買収監査、事業再生・倒産、知的財産、債権回収、刑事事件。2013年8月から、シンガポール国立大学法学修士課程のために、シンガポールに留学中。

澤田祐亨(さわだ・よしあき)
弁護士 2008年弁護士登録。伊藤見富法律事務所(Morrison & Foerster外国法共同事業)入所後、小笠原六川国際総合法律事務所を経て、2012年4月東京にて東亜法律事務所を開設。弁護士資格取得前には大手証券会社にて債権投資業務にも従事。現在はシンガポール経営大学法科大学院の法学修士課程(商業法専攻)に在籍し、シンガポールと日本を往復しつつ弁護士業務と並行して学位取得を目指している。企業法務、金融法務を主として取り扱うほか、渉外契約交渉代理、訴訟・ADR等の紛争解決、M&Aにおける法務精査等を通じて、企業に対し幅広い業務支援サービスを提供している。

竹内裕哉(たけうち・ゆうや)
東京大学法学部(第2類公法コース)在学中。学内の交換留学制度を利用し、2013年8月から2014年5月までの予定で2学期間シンガポール国立大学人文社会科学部に留学中。チキンライスとマリーナ・ベイ・サンズだけじゃもったいない、という思いから昨年同じ日本からの交換留学生3人とともにシンガポールの観光動画を作成。ストレーツタイムズ紙に動画が取り上げられる。よかったらご覧になってください!(https://www.youtube.com/watch?v=08AFj0n37jY

岩本照夫(いわもと・てるお)
公認会計士(日本) ディレクター、KPMGシンガポール
1999年に公認会計士第2次試験合格後大手監査法人及び監査法人系アドバイザリー会社にて法定監査、M&A関連の各種デューデリジェンス・ストラクチャリング業務に従事。その後外資系投資銀行にて株式・債権の引受業務、不良債権・PEを中心とした投資業務及び投資ファンドにおける不動産投資業務を経て2012年8月より韓国高麗大学ビジネススクール(MBA)に就学。2013年6月よりシンガポール南洋理工大学ビジネススクールへの交換留学を機にシンガポールへ渡り、修了後現在KPMGのシンガポールオフィスにてASEAN市場の各種市場・競合分析、M&Aに関連する各種アドバイザリー・デューデリジェンス業務、統合支援業務等に従事している。

伊藤友一(いとう・ゆういち)
愛知県名古屋市出身。アメリカのマイアミ大学を卒業後、ビジネス会議を企画運営する会社に就職。 アジアHQのシンガポールに頻繁に訪れた際、多民族・多文化間での考え方や、視野の広さの違いに刺激され、いつかこの地に住み、起業を決意する。その後、日本のベンチャー系の証券会社でのマーケティング職を経て、PR会社で海外企業の日本進出PR活動の支援に従事する。2012年の夏に会社を退社、現在は家族((妻、娘1人))を連れ、シンガポール国立大学にてMBAを取得中。MBAでは海外からの東南アジアに出てきた企業のケースを中心に学んでおり、現在は起業に奮闘中。

下平剛之(しもだいら・たかゆき)
2000年より5年間ほどゼネコンに勤務し、主に海洋土木設計に従事。2005年より環境省に転職し、大気汚染、土壌汚染、水資源管理、除染関連業務を担当。2013年7月よりシンガポール国立大学に留学し、大学院工学部土木環境工学科環境工学を専攻。2014年8月からはシンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院に入学予定。

梶直弘(かじ・なおひろ)
2004年、経済産業省に入省。ITに関する投資促進税制の整備、気候変動やリサイクルなど国内外の環境政策の全体総括、官民合同ファンド「産業革新機構」の創設、同機構に立上げのため出向、経済産業省に戻り採用・研修担当を経て、2013年7月からシンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院に留学中。

横田隆浩(よこた・たかひろ)
1998年、青年海外協力隊員としてパプアニューギニアの山奥にて2年半活動。2001年日本のODA事業の実施機関である国際協力機構(JICA)に入構。国内・本部勤務を経て2007年パプアニューギニア事務所に赴任、4年後の2011年、震災後福島県内の避難所となっていた二本松青年海外協力隊訓練所に赴任。避難所運営・訓練再開業務に従事。2013年7月よりシンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院に留学中。

PROFILE

木村剛大(きむら・こうだい)

弁護士

2007年弁護士登録。ユアサハラ法律特許事務所入所後、主に知的財産法務、一般企業法務、紛争解決法務に従事。2012年7月よりニューヨーク州所在のBenjamin N. Cardozo School of Law法学修士課程(知的財産法専攻)に留学のため渡米。ロースクールと並行してクリスティーズ・エデュケーションのアート・ビジネス・コースも修了しており、アート分野にも関心が高い。2013年8月よりシンガポールに舞台を移し、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所にて、東南アジア各国に進出・展開する日系企業の法的支援に従事した。2014年10月ユアサハラ法律特許事務所に復帰。

Twitter: @KimuraKodai