2014/04/04 12:00

マーク・ニューソン展
– 平和な時代 「アート」としての刀が放つ魅力

Photo:本展を企画した永田宙郷氏と Ⓒ Haruna Watanabe

マーク・ニューソン展
– 平和な時代 「アート」としての刀が放つ魅力

by 藤牧 望(ふじまき・のぞみ)& 中村 聡子(なかむら・さとこ)

 2014年3月20日、新橋の東京美術倶楽部で開催された「マーク・ニューソン展」にお邪魔して、本企画のプランニング・ディレクターである永田宙郷氏にお話をうかがいました。

Photo:翁知屋 香塗文様 Ⓒ Haruna Watanabe

 今回の企画は“aikuchi”つまり日本の「合口」という、戦闘を目的としない刀をテーマとしている。戦後70年を目前に控えた現在の平和な日本で「武器ではない刀」をつくる。そのために現代を代表するクリエイターの一人であるマーク・ニューソン氏と日本の刀匠が手を組んだ。

 この企画をこの時期に開催しようと考えた理由について、永田氏は「刀を担当してくださった9代目刀匠、法華三郎信房氏が代替わりする時期を迎え、技術が円熟した今がその時なのではないかと考えたからです。最後の戦争が終わって、長い時間を経た日本において、もう刀は武器ではない。武器というイメージではない刀をつくりたかったのです」と語った。さらに、「刀のような伝統工芸品に携わる職人のなかで、30代以下の人は6%程度しかいません。だからこの技術をこれから先も維持できるかと考えたとき、今やるべきだろうと考えたのです。東北の刀匠を迎えたのは、マークは日本に住んでいて、東北の震災のことをよく知っているということも理由のひとつでした」と強調した。

 会場に到着し、パンフレットを受け取ると、入口から暗い通路が続く。暗さに目が慣れてきたころ、突然目の前が明るくなり空間が開けた。そこに浮かび上がるように現れたのは二振りの刀である。その光景は、かの坂本龍馬とその妻おりょうが引き抜いたという霧島山の逆鉾のようであり、とても神秘的なものに見えた。まさに、永田氏の言う「日本人なら誰もが知っている刀というものの不気味さ、知っているけど知らないもののイメージが具現化」した瞬間であった。

Photo:展示された「合口」 Ⓒ Haruna Watanabe

 次のブースへ進むと、そこにパンフレットに掲載されていた合口が展示されていた。幸運なことに私たちは、合口の本体、つまり刃の部分を見ることができたのだが、初めて見た印象は、当たり前ながら「よく切れそう」であった。また、同時にある疑問がわいた。「合口とは鍔を持たない刀」だと聞いていたのだが、漆塗りのカバーを取られたその姿は、紛れもなく時代劇で見るような刀のかたちをしていたからだ。永田氏によると、これもマーク・ニューソン氏と組んだことによって新たに生まれた発想なのだという。「刃の部分だけでなく、持ち手の部分にもカバーをつけるダブル・カバーという発想は、オーストラリア人のマークならではのデザイン。日本人はこうは考えない。だからこそ、刀はもう武器ではないのだというメッセージを示すことができた。一方で、本来は武器であるにもかかわらず、武器ではない機能を高めるということは、熟練した技術を持つ日本の刀匠だからこそできたことだと思う」と、永田氏は述べた。

 この合口で特徴的なのはカバーの模様で、ボロノイ型という模様には自然の中に存在するものを方程式化するという意味があるそうだ。「自然を方程式化する」、つまり形にしていくという点において、鉱石から作られる刀、木の樹液である漆を塗ることによってできるカバーと共通するところがあり、マーク氏はこの模様を採用したのだという。日本人のイメージする刀の鞘からは想像もできない模様ではあったが、意外としっくりくる。人間という存在が、本能において物を作り出すのだということを、出身国に関わらず同じように認識していると感じられた。

Photo:翁知屋 香塗文様 Ⓒ Haruna Watabe

 最後に、永田氏は今回の企画展の見どころを次のように語ってくれた。
 「刀に精通している上級者にとって、今回の”aikuchi”には疑問符が浮かぶのではないでしょうか。古来よりコンパクトで細い鞘が美とされてきたことで、”aikuchi”のように太いデザインの鞘は見慣れないものだからです。一方で多くの日本人にとって、刀は身近でありながら実物を見たことがあるという人はとても少ないでしょう。今回の企画では、そういった刀に対しての初心者が、実物の刀が持つ妖しさなどを間近で体験できる良い機会となってくれればと願っています」

驚いたことに、会場には小学校低学年のような幼い子供たちまでが訪れていたが、今回の展覧会は、刀に対して初級者から上級者まで、それぞれが驚きを持って見ることができるものとなっていた。刀以外に漆工芸など、日本の伝統技術の精髄ともいえるものが展示されており、古いものと新しいものが見事に融合した興味深い展覧会構成となっていた。

 最後に、お忙しい中、私たちのインタビューに丁寧に答えてくださった永田宙郷さんにお礼を申し上げます。ありがとうございました。