2013/11/13 12:00
第2回 Research without Borders
ケン・コーンバーグ氏が語る創造的な研究成果を生み出す
施設・組織の条件とは
Photo: 青山学院大学・本多記念国際会議場で講演するケン・コーンバーグ氏 ⒸDaisuke Mori
by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長
第2回 研究施設における重要なカフェテリアの効能
新しい時代の”Research without Borders”とは、いかに効率の良いチームワークを行えるかどうかにかかっている…ということにほかなりません。ご紹介したい優れた事例として、英国ケンブリッジのメディカル・リサーチ・カウンシルの分子生物学研究所(一般的にMRCと呼ばれることが多い)がありますが、一つ明らかなことは、そこで働く研究者は、お互いコラボレーションすることに意欲的であるという組織内文化があったことです。
英国のMRCにおいて、研究グループ内での意見交換は、朝のコーヒー・タイム(10時〜10時45分)、昼食時間、及び、アフタヌーン・ティー(4時〜4時45分)の時間帯に毎日行われました。この建物には異なる4つの部門が入居していましたが、45分のコーヒーやお茶の時間には研究者全員の参加が求められ、小さな「仲良しグループ」に別れてしまうことがないよう、異なる部門のメンバーが到着した順番でまんべんなく細長いテーブルに陣取って、研究に関連した話題でのお喋りが奨励されました。
この成功事例は生体医学分野の研究者の間で良く知られている話で、同じような効果を期待して、MRCと同じように細長いテーブルを配置したランチ・ルームやカフェテリアを真似て設計した研究機関は多くあります。たとえば、スタンフォード大学のクラーク・センターには、異なる専門分野の研究者どうしの対話を促進させようと、建物内に美味しい食事を提供する、細長いテーブルを配置したカフェテリアを備えています。
クラーク・センターのカフェテリアは大人気で、いつ行っても多くの人で溢れていますが、そこに座って回りの会話を聞いていると、ほぼまったくと言って良いほど科学の研究テーマに関する話題は耳に入ってきません。要するに、このカフェテリアで食事をしている人たちのほとんどは外からの訪問者であって、研究者ではなく、そのため、たまたま近くの席の科学者が研究上の意義深いテーマの話をしていたとしても、その議論に参加することはないのです。
一方、MRCでの議論が科学の専門的な領域で活発に行われていたのには明確な理由がありました。まず、「コーヒー・ブレーク」や「アフタヌーン・ティー」などに参加するのは科学者たち自身であり、しかも、これに参加することは義務付けられており、建物内の100名に及ぶ研究者が一同に会する時間となっていたことです。また、この時の席順はというと、部屋に入った順番で、どんどん詰めて座る方式になっており、食べ物は美味しく、しかも、無料でした。そのため科学者たちは、休憩時間にカフェへ出かけて、そこで研究について意見を交わすことを楽しみに思うようになり、みんなが積極的に参加するようになりました。
MRCで起きた異なる専門家どうしの「ランダムな出会い」は、ランダムな出会いというイメージとは裏腹に、実は、特定の目的を持って専門家たちが議論に参加するよう、緻密に誘導設計されていたというわけです。
決められていなかったのは、議論のアジェンダぐらいのもので、昼時のMRCのカフェテリアでは様々な分野の専門家が一堂に会して、昼食をとりながら、専門的な対話が活発に行われていました。研究機関において、他のグループのメンバーがどんなことをやっているのか、お互いに見え、かつ、議論の対象となるよう配慮するのはとても重要なことなのです。
科学分野におけるアカデミックなキャリアを築くためには、傑出した独自研究を行うだけでなく、その結果を元に論文を書くことも仕事の一部となります。結果を出すために熾烈な競争をし、それをきちんと理解して、論文を書く最初の人物になることは容易なことではありません。とはいえ、同じ、もしくは、極めて近いテーマで研究しているリサーチ・グループは世界には数百という単位で存在しており、これから先の研究を継続するための資金を獲得するには、絶えず、研究成果を論文として発表してゆくことが不可欠です。
競争こそがイノベーションを加速させるエンジンであり、そのため、現代の科学者は、孤立した状態では大きな成果を出しにくいと言われています。分析を行うためのデータサンプルの選択に特別な知識や装置が必要、もしくは、特定データの解読のためには他分野の専門家が必要など、研究成果の見せ方が複雑化している今日、その傾向はますます顕著になってきています。チームワークを重視し、研究者が他のメンバーの成果にアクセスすることで、より早く成果を出すことが可能になるのです。
私たちは熾烈な競争の時代を生きているので、研究施設のどこにカフェテリアがあって、科学者たちはそこを毎日どのように使っているのか。あるいは、オフィスとエレベーターの距離、毎回の待ち時間はどのくらいか…といったことにまで、施設の設置者、そして、設計者は気を配る必要があるのです。
ケン・コーンバーグ(Kenneth Kornberg)
コーンバーグ・アソシエイツ代表取締役のケン・コーンバーグ氏は、スタンフォード大学を1973年に卒業。 建築学士号と工学修士号を取得した後、商業ビル、劇場、ショッピングセンター、住宅などのデザインを手がけ、1979年、スタンフォード大学 の遺伝学ラボのデザインを受託したのを手はじめに、世界各地で数百に及ぶ研究施設のプロジェクトに携わってきました。彼が手がけた我が国の沖縄科学技術大学院大学の建物は、景観、及び、稀少植物など、立地環境に最大限配慮したデザインが高く評価され、世界から注目を集めています。 ケン・コーンバーグ氏は、ノーベル生理学・医学賞受賞者のアーサー・コーンバーグ博士を父、スタンフォード大学の構造生物学の教授で、 2006年にノーベル化学賞を受賞したロジャー・コーンバーグ博士を長兄に、また、母も二番目の兄も著名な生化学者という、科学者一家に育ったことでも知られています。
*ケン・コーンバーグ著、ラボ設計に関する思いが詰まった新刊『21世紀のラボラトリーデザイン』(オリエンタル技研工業株式会社編)は、丸善出版株式会社よりお求め頂けます。