2013/10/30 12:04

第3回 本屋ですがベストセラーはおいてません・・・
心斎橋のスタンダードブックストアに見るリアルなスペースとしての可能性

Photo: 仲が良さそうな中川さん(左)と『関西ウォーカー』編集長の玉置さん(右) ⒸJunko Iwabuchi

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

第3回 クローズドな世界は再び注目を集めるか?

玉置:7月からうちの会社で始めた「ちょくマガ」というメルマガ事業は、クローズドの課金モデルです。

岩渕:一時、メルマガは過去のものだと言われていたのに、最近また増えてきていますよね。

玉置:メルマガを有料配信にする場合、ホリエモンこと、堀江貴文さんが840円というかなり高い方で、300から500円が標準的なところでしょうか。クローズドでやるからこそ、それだけちゃんとしたことが書けるんじゃないかという部分は、あると思いますね。有料でやるには、覚悟とアフターケアが大事ですよね。ホリエモンは、分量でも双方向の読者とのやり取りでも、明らかに価格に見合ったアフターケアをしています。

岩渕:無料か有料かという議論は、ネット媒体の場合、今後も議論の一つの大きな争点になっていきそうな気がします。たとえば、『ハフィントン・ポスト』の日本版がスタートする際、鳴り物入りで、始まる前はあれだけみんながすごいと騒いでいたのに、蓋を開けてみたら、なんだかちっとも面白くないし、新しくないねという反応が多かった。

中川:ハフィントン・ポスト?何ですか、それ?

玉置:アメリカで『ハフィントン・ポスト』といったら、ネットのニュースとして有名なのですが、フリーのジャーナリストやブロガーからのニュースをアグリゲーションして、英語圏では従来型のニュース・メディアの代わりになるんじゃないかと言われています。日本でも今年の春、正式にオープンしたんですが、もともと日本には、もっと踏み込んだネットのニュース・メディアがあったよねという指摘があります。

岩渕:『ハフィントン・ポスト』日本版は、朝日新聞社がかなり出資しているわけですが、自分が記者を雇って新聞を作っている会社がお金を出して『ハフィントン・ポスト』を呼んでくる意味がわからないというか、どういう狙いがあったのでしょう?

もともと『ハフィントン・ポスト』は自社で記者を雇うお金が無いから、ネット上で記事を公開しているブロガーやフリーのライターを集めてきて、無料で記事を提供してもらうかわりに、プラットフォームを提供しました。実際には寄せ集めなのに、大手メディア並みに記事の本数を集めて、魅力的にキュレーションして、どんどん広告も入れて多くの人の目に触れるようになって急成長した。今では立派な大手メディアと言っても良いぐらいの規模で、「無料で記事を提供する」という契約書にサインしたライターたちから、「利益を分配して欲しい」と訴えられたほどです。

一方、日本版では、朝日新聞社の記者(スタッフ・ライター)が書いた記事がそのまま載っていたりするので、だったら朝日新聞のデジタル版を直接見ればいいということになります。あるいは、給料をもらっている記者が書いた記事と、ブロガーがタダで書いた記事が混ざって同じプラットフォームに掲載されるので、書き手の方でも違和感を感じた人は少なくなかったようでした。その結果、「もうアグリゲーション・サイトに記事を提供するのはやめにする」と宣言する書き手が、『ハフィントン・ポスト』以外にも広がり始めたようです。

玉置:ところで、今、中川さんは書店ビジネスの救世主みたいな感じに見られていて、中川さんのようにやれば本屋もなんとかなるんじゃないか…と思っている人たちがいます。ひとつの成功モデルとして、大きな施設とかでも中川方式を取り入れようという動きがある。でも、同じフォーマットを持ってくればうまくいくわけではなくて、「この場所をこういうふうに使って、こういうことをしよう」と思っている人がそこにいなければ、場は生まれない。

代官山の蔦屋書店にしても、好き嫌いは別として、あれはABC(青山ブックセンター)をやっていた人がやっているから、とりあえず顔があって実体感がある。フォーマットを借りてきてやるということではなくて、やっぱり、結局は人だよねということで、単にカタチだけを同じにしてもダメだということですよね。

新聞はフォーマットが厳密に決まっている出版物で、ものすごく制約が多くて“雑誌のようなページは作れません、ネットはよくわかりません”という気持ちがあって、それだけに新聞社はネットに関して強い危機感を持っていたわけですが、そこに「ハフィントン・ポスト流行ってるらしいじゃん」ということで、だったら『ハフィントン・ポスト』と組んじゃえば一気に問題解決する…と思ったのかもしれませんね。朝日新聞の中でも急進的な人はいっぱいいて、いろいろ考えていたと思うのですが、結局、『ハフィントン・ポスト』日本版がスタートしたら、借りてきた猫みたいになっている。

岩渕:『ハフィントン・ポスト』だけではなく、『ハフィントン・ポスト』が注目を集めたのがきっかけになって、他の国内で知名度の高いアグリゲーション・サイトでも、もう記事提供するのはやめるという人が5月ぐらいから出始めたので、紙媒体とか、リアルな空間への回帰みたいな動きが起きているのかなと思ったんですが…。

中川:どっちが大事とかいうことではないと思うんですよね。リアルは、もちろん大事だし、ネットもソーシャルメディアも必要で、要はバランスでしょう。そして、一番大事なのは、何がしたいかではないですかね。本屋をやって大儲けしたいわけでもないし、そもそも大儲けできるとは思っていない。僕の場合は、自分が欲しいもの、居心地がいい空間をつくりたいというのが先にあるわけで、そういう場を増やすことはしていきたいと思います。さきほどあった、作家の方が本屋を買収というのも、金儲けすることが目的というわけではないでしょう?

岩渕:地域に関係のある作家を支援するとか、地元のクリエイターを応援することに興味はお有りですか?

中川:どちらかというと、こちらが助けてもらいたいぐらいなのですけど…(笑)、そうですね、最近、地域は大事にしたいと思っています。カフェでも、できるだけ大阪の野菜を使うべきではないかと考えるようになりました。カリフォルニアの有名レストラン、シェ・パニースのアリス・ウォータースが提唱している、学校の校庭を農園に変えていくプロジェクトみたいなことができたらいいなと思っています。

岩渕:アリス・ウォータース以外にも、アメリカでは、子供たちの肥満解消と健康維持のために食育プロジェクトを手がけている人たちが増えていますよね。大阪だと千島土地さんが「クリエイティブ農園」で街中の小さな空地を活用して野菜を育てるプロジェクトをやっているのとも近いところがあるかもしれません。

中川:あと、今は子供に関することが何も出来ていませんが、子供に関わることを何か考えたいなと思っています。子供をなんとかしないと、この国の将来はないわけですから。託児所とか待機児童の問題とかについても考えています。

たとえば、大阪市への提案として、公団が集合住宅を開発する場合には、必ずそこに託児所があって、その隣に本屋さんがセットで入っていて、もちろん、紙の本である必要も特に無いと思いますが、子供たちにはそこの本を自由に読み聞かせできるようにするとか…。そんなことは、これからやってみたいと思っています。

PROFILE

中川和彦(なかがわ・かずひこ)
株式会社鉢の木 代表取締役

1961年大阪生まれ。大阪市立大学生活科学部住居学科卒業。1987年父の経営する(株)鉢の木入社、代表取締役就任。2006年、カフェを併設する本と雑貨の店・スタンダードブックストア心斎橋オープン。2011年、スタンダードブックストア茶屋町オープン。本は扱うが本屋を営んでいる意識は希薄で、人が集まり、人と人が直接触れ合う場を提供したいと考えている。