2013/10/26 16:12

第1回本屋ですがベストセラーはおいてません・・・
心斎橋のスタンダードブックストアに見るリアルなスペースとしての可能性

Photo: スタンダードブックストアのオーナー、中川和彦さん ⒸJunko Iwabuchi

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

第1回 ベストセラーを置かないという選択がカッコいい!

 大阪、心斎橋のクリスタグランドビルの地下と1階にあるスタンダードブックストア。ウェブサイトを開くと、いきなり、白抜きの目立つ文字で「本屋ですがベストセラーはおいてません。」というコピーが目に飛び込んでくる。

 「だったら何があるんですか?」と聞きたくもなるわけだが、スタンダードブックストアの「最大の売り」は、その空間、本屋としての存在そのものかもしれない。実際のところ、関西発のクリエイティブ系の面白いトークイベントといえば、多くがここを会場にして行われていると言ってもよく、「本屋さんって、やっぱり、街の知的な交流スペースとして、リアルな場を提供しているからこそ意味があるんだ…」ということを、改めて感じさせてくれる。

「ソーシャルなリアル空間としての書店」は、筆者にとってはここ2〜3年強く興味を惹かれているテーマだったので、『関西ウォーカー』編集長の玉置泰紀さんとの対話の締めくくりとして、玉置さんにも同行をお願いして、スタンダードブックストア(株式会社鉢の木)社長、中川和彦さんにお話をおうかがいしに出かけた。

岩渕:2010年4月の「関西twitterサミット」の会場となったのが、スタンダードブックストアの、このカフェだったのですよね? アメリカでは大手の多店舗展開している書店チェーンの経営が立ち行かなくなっているという話をよく聞く一方で、ベストセラー作家数人が集まってお金を出して、町の独立系書店を買収して、そこがある種のコミュニティスペースとして地域のクリエイティブな拠点となっているといったことがニュースになっています。

リアルな空間があって、リアルに人が活動しているのが本来のソーシャルなのではないか。リアルな空間こそが本来のソーシャルメディアとしての機能や情報発信力を持っているからこそ、ソーシャルメディアはリアル空間とセットで考えないといけないと常々考えてきました。そういう意味で、スタンダードブックストアさんはその理想をカタチにしているような印象を受けるのですが、元々どのようなコンセプトでこの書店ができたのかの経緯や、イベントを重視されている理由をお聞かせ頂ければと思います。

中川:父親が取り次ぎで高島屋に本を納める仕事で出入りをしていました。私が大学生だった頃、高島屋さんが誰かに書店をやってほしいということで、大手にも声をかけられたらしいのですがなかなかまとまらなかったようです。そんな中、父が手を挙げ、いろいろな方のご協力もあって、弊社が高島屋さんの中で書店を経営することになりました。

父はその頃から体調を崩し始めていたので、大学を出た後は跡を継ぐことを前提に、他の本屋さんに丁稚奉公にいきました。父が亡くなって実家に戻り、本屋を経営することになったのですが、その頃のビジネスのあり方が未来永劫続くとは思えなかったので、15年くらい前から百貨店での店舗以外にベースを持たないといけないのではと考え始めました。

飲み食いすることが好きだったこともありますが、飲食業をやっている知人が身の回りにいたこともあって、どこかで頭のなかで、本と飲食をくっつけたら面白いかなと考えて、ここのスペースを紹介してもらったタイミングでスタンダードブックストアを始めることになりました。

最初はこのビルの1階にカフェが出店すると聞いていたので、そのカフェでうちの本を持ち込んでもらってもいいなと思っていたのですが、結局、そこがコンビニになってしまったので、カフェは自分でやるしかなくなって今に至ります。

岩渕:その頃、アメリカではボーダーズとか、カフェのある書店というスタイルが流行りはじめていましたよね。

中川:その頃日本では、まだスターバックスも普及していなかったし、ボーダーズとかで本とカフェとミュージックが一緒になったものを見て、いいなぁと思っていたこともありました。

岩渕:アメリカの…たとえばボーダーズのフランチャイズそのものを日本でやろうとは思わなかったのですか?

中川:相手にしてもらえないですよ(笑)。ここのカフェを直営ではなく、そこだけフランチャイズにしようかと検討したこともあったのですが、ロイヤリティが高くてなかなか難しいので、結局、自前でやることになりました。自分でやればいいと思うのだけど、みんな自分でやりたがらないのは不思議ですね。自分的には東京で飲食業に少し関わったこともあったので、カフェを自分でやることに対してのハードルが低かったということはあったかもしれません。

岩渕:一般的に、飲食業のリスクが高いという認識が高いのでしょうか?

中川:本屋はダメだったら返品すればいいという前提があるので、あまりリスクがない商売という認識があるかもしれませんね。リスクを取りたがらないビジネス・モデルです。一方、飲食業は自分で作って原価を調整すれば粗利が上がって、利益率も上がるので面白いと私は思います。粗利が欲しかったら自分で作って宣伝して売れば利益率も上がるので、売れなかったら返品すればいい書店経営のビジネス・モデルとは根本的に違います。

岩渕:ここ数年、電子書籍の話が日本でも話題になったり議論になったりしていますよね。紙の出版社はいらないとか、紙の本を扱う店舗はもういらないなどという極端な議論が多いですが、中川さんのところは個性が際立っていて、むしろリアルな店舗だからこそ、存在意義があるという感じですよね?

中川:アメリカの書店の利益構造がどうなっているのかは、ちゃんと見てみないと日本で同じことができるかどうかはわからない。でも、日本でどういうことができるのかを考えて、いろいろとやってみています。

ビジネス環境としては、間違いなく大阪より東京の本屋の方が恵まれていると思います。作家も大勢住んでいるわけだし。前に谷川俊太郎さんがお見えになった時にお話をしたのですが、「海外の書店では、売り場で朗読会があったりしますけど、東京では行われてますか?」と質問したら、「いや、東京ではないねえ。本屋は本の専門店になっちゃってるんだよ」と言っておられました。日本の本屋は本の専門店になってしまっていて、店員の人がダメだとかそういうことではなく、きっと窮屈な存在に見えているのではないか。本屋さんって、人がたくさん集まってくる場所なのだから、もっと自由にいろんなことができるはずなのにねと……。

岩渕:日本の書店は商品としての本を売るだけの場所になってしまって、コミュニケーションできる場所になっていないということですか?

中川:本だけを売って、粗利益率を考えると、それはビジネスとして不可能だと僕は考えています。それで他の商売を混ぜて利益を上げていこうと考えている。そんな中、人と人とが出会うことが大事だと思うようになりました。

スタンダードブックストアは6年半前に始めましたが、その頃と今では、メールでも携帯の機能ひとつとっても今とは全く違うけれど、デジタル・デバイスというか、そういうものを介して皆が交流するようになるのだろうとおぼろげながら思っていました。

だからこそ、人と人とが出会うことが大事なはずと考えていたし、今もそう思っています。こんなにイベントをやることになったのは想定外でしたけれども、人が交流する場を運営することは意味があるのではないかと思っています。

PROFILE

中川和彦(なかがわ・かずひこ)
株式会社鉢の木 代表取締役

1961年大阪生まれ。大阪市立大学生活科学部住居学科卒業。1987年父の経営する(株)鉢の木入社、代表取締役就任。2006年、カフェを併設する本と雑貨の店・スタンダードブックストア心斎橋オープン。2011年、スタンダードブックストア茶屋町オープン。本は扱うが本屋を営んでいる意識は希薄で、人が集まり、人と人が直接触れ合う場を提供したいと考えている。