2013/07/22 12:00

第7回 J Prep 斉藤塾代表・斉藤淳さんに聞く
―「自由に生きるための学問」としてのリベラル・アーツ、
「学問の手段」としての英語―

Photo:日経新聞・経済図書文化賞表象式での斉藤さん ⒸAgrospacia

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

第7回 大学教育、大学経営における日・米の違いについて

斉藤: 私がイェールの博士課程に入った時の入学式で、総長式辞にとても印象深い言葉がありました。「大学には三つの使命がある。一つは古い知識を保存すること。二つめは、今ある知識の伝承。三つめは、新しい知識を切り開くということ。その三つの使命を全うするために今頑張っているのだ」という言葉です。こんな簡潔に大学がやることを要約した言葉というのをそれまで聞いたことは無かったですね。

岩渕: そういう、教育・研究機関のトップにいる人の言葉って、少なくとも心を打つようであって欲しいですよね。日本の大学の卒業式の送辞など聞いても、ほとんど胸を打つものがない。あまりにもプラクティカルなことを言い過ぎるというのでしょうか・・・・・・。アカデミック・インスティテューションにおいては長期的なヴィジョンに立って、普遍的な価値について語って欲しいと思います。

斉藤: そういう、ピュアな価値観を信じる精神と言えばいいのか、純粋さが許容されるのが大学というコミュニティーだということが、アメリカ社会では徹底していますよね。一方で実社会との距離が近いビジネス・スクールやロー・スクールといったものもありますが、大学全体の運営としては、そういった純粋さが最重要視されていると思います。

岩渕: イェール大学在職中から、日本での英語教育について事業を始めようと、すでに考えておられたと思うのですが、それは具体的にいつ頃から、どのような経緯で考え始められたことなのでしょうか?

斉藤: 具体的に決めたのは2011年の10月ですね。日経賞の内定のお知らせを頂いたタイミングになります。
 その時、もうこれは自分の研究活動の成果として一区切りついたと思いました。しばらく研究活動をお休みしても悔いがないなと思ったのが契機のひとつです。実際には、日本に帰国すること自体は、家族の希望もあって、それ以前から帰ることに決めていたのです。帰った後の生き方をどうするかについては、しばらく考えてはいたのですが、大学以外でもいいのではないかと。区切りがついたのが日経賞の内定を知らされたときだったかなと思います。
 それで、都内、自由が丘と山形県酒田市で英語教室を開いたわけです。取りあえずは食べていけるくらいの……。

岩渕: 政治学者が英語塾というのは、ちょっと飛躍があるようにも感じるわけですが?

斉藤: 実は以前、上智大学の学部生だった頃、食べていくために家庭教師のアルバイトをしていたんですね。しかもサンディエゴに留学して、専攻を社会科学全般に変更するまでは言語学を学んでいましたので、外国語習得についての知識もありました。
 上智の大学院に進学してからは東大受験に特化した学習塾で中学生向けに指導していました。こうした経験があったので、自分がカリキュラムを統括してまとめて、最新のテクノロジーをふんだんに活用しながら教育すれば、恐らく以前自分が教えていた学習塾の3分の1くらいの時間で同じ成果が出せるなと、そういう自信があったのです。

PROFILE

斉藤淳(さいとう・じゅん)氏プロフィール
J Prep 斉藤塾代表 株式会社 J Institute 取締役

山形県酒田市の農家で、将来は田んぼを嗣ぐことを期待されて育つ。四季折々に表情を変える 鳥海山の麓で、農業の将来に思いをめぐらしながらも、夜になると短波放送で世界各国のニュースを聞く日々を過ごした。インターネットもない冷戦時代に、各国の主張をそのまま聞き比べていたことで、批判的に物事を考えるための基盤が培われただけでなく、大学で語学や社会科学を幅広く学ぶきっかけになった。

斉藤氏は、イェール大学大学院在学中に衆議院補欠選挙に出馬。2002年10月から1年間、衆議院議員を務める(山形4区)。イェール大学で博士号 取得後、ウェズリアン大学、フランクリン・マーシャル大、イェール大で政治学の教鞭を執る。

主著『自民党長期政権の政治経済学』で日経経済図書文 化賞を受賞した他、TBSラジオで選挙解説なども務める。研究者としての専門は比較政治経済学。