2013/07/08 12:00

第1回 J Prep 斉藤塾代表・斉藤淳さんに聞く
―「自由に生きるための学問」としてのリベラル・アーツ、
「学問の手段」としての英語―

Photo:弊社会議室でインタビューに答える斉藤淳さん ⒸAgrospacia

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

 元衆議院議員、政治学者で元イェール大学政治学科助教授、2011年第54回日経・経済図書文化賞を受賞……。いわゆる「英語塾の経営者」としては異色の経歴を持つ斉藤淳さんとの出会いは、かれこれ3年近く前のtwitter上でのことだった。

 その頃彼は、イェール大学政治学科助教授として、キャンパス内の寮で学生たちと一緒に暮らしながら、教育者としての日常について、また、政治学者としての鋭い洞察をtwitter上で活発に呟いており、その内容、特に、米国と日本とのリーダーシップ教育や大学経営そのものに対する考え方の違い、卒業生や支援者らがいかに莫大な寄付をして理想的な教育システムの維持に貢献しているか、また、将来、研究者となる大学院生たちに潤沢な奨学金と研究環境が確保されていることなどは、多くの人の関心を集めていた。

 理想を理想として語る教育者、研究者が少ない印象が強い日本人社会において、明確な意見を述べ、twitter上でも丁寧な議論を展開していた斉藤さんの考えには「我が意を得たり」と思うことが多く、フォローして対話するうち、帰国時のタイミングでトーク・イベント、シンポジウムに出て頂くことになった。
 また、2012年の夏、在日アメリカ合衆国大使館のスポンサーシップで来日、コンサートを開催することとなったチェロとビートボックス奏者のケヴン・オルショラ君がイェール大学の卒業生で、メディカル・スクール進学予定コースの学生だったものの、東アジア研究も専攻していたことから、斉藤さんの指導を受けていた……という不思議な縁もあった。

 そんな斉藤さんが、「日本に帰国して英語塾で教えるつもり」だと、2012年の正月の帰国の折りに話してくれた際には、正直、驚いたものの、「英語のための英語教育ではない」、「リベラル・アーツを意識した教育の一環としての英語を中学・高校生に教えたい」という考えには共感し、大きな期待を持った。
 その後実際に帰国して、斉藤さんは英語塾を都内・自由が丘と酒田市で展開中で、その活動は大きな反響を呼びつつある。

 今回は、英語塾ロゴス代表としての活動が一年を迎え、新たなステップに備えようとしている斉藤さんに、あまたの英語塾や大学受験英語を教える予備校が存在する中で、新たに英語塾を開く意義、これからの日本人にとって必要な英語とはどのようなものかについて、お話をうかがった。

第1回 英語塾経営に至るまでのちょっと変わった経歴

岩渕: 斉藤さんは、英語塾経営者としては非常に珍しい経歴をお持ちなので、今までどんなことをされてきたのか、まず、簡単に経歴をご紹介いただけますか?

斉藤: そうですね。履歴書を見返すと、いつのまにか派手な経歴になっていたかなという印象があります。色々なことに携わって来ましたが、自分のテーマとして一貫して取り組んでいるのは「日本の教育を変えたい」ということです。
 なぜそう思うようになったのかといえば、日本の学校に通っていてあまり楽しい思い出がなかったのが大きく影響しています。勿論、お世話になった先生はいましたし、いい友だちにも巡り会えましたが、生徒目線の教育が出来ていないのではないかと自分が高校生だった当時から考えていました。学校における教育の行われ方、生徒や学生に対する評価の仕方がなってない…という印象を受けていました。
 自分なりに反抗したり、先生と議論したり、高校生の頃は職員室で怒鳴り合いの喧嘩をしたこともあるぐらい……日本の教育を変えなければまずいのでは?とずっと思っていました。

岩渕: 高校生だった斉藤さんにとって、日本の教育の「まずい点」というのは、具体的にどういう部分でしょうか? ご出身の高校は県立の高校だったのですか?

斉藤: 山形の、県立の普通の進学校です。地元では有名だけど、全国的には無名の山形県立の某進学校ですよ。自分が受けた高校教育について考えてみると、生徒の方は受験というインセンティブに縛られている。その中で、自分の人生の選択肢を広げていかなければならないわけです。一方で文部科学省から押し付けられた指導要領を守って教育しなければならない先生との間で利害対立があるために、生徒が頑張って自分の人生を切り開いていくことと、先生が丁寧に教育していくこととの間にシナジーがないのですよね。

 高校生の頃の授業といえば、先生が一方的に講義と板書だけで授業を進めて、生徒がひたすら板書をノートに写すコピー・マシンになっていることが多かったわけですね。そのような授業には全然納得がいきませんでした。
 例えば歴史の授業なら、史実をどう解釈して、現代に対する示唆をどう考えるか。そういった課題を念頭に、教師と生徒が議論しながら確認しながら学ぶべきものであり、考えることが重要だと、その頃から、高校生ながらに考えていたわけです。

 高校2年の時に世界史、高校3年では日本史という順番でのカリキュラムになっていたのですが、歴史がそのように単なる暗記科目として教えられていることに反発がありました。高校3年生に上がる時、実力テストだったか模試だったか忘れてしまいましたが、あなたがたがやっている教育は意味が無いということを示したくて、二週間で日本史を一夜漬けで勉強して、校内で一番になったのですよ。
 要するに「二週間かけてできる事をしかも自分でできることをどうして授業で一年間かけてやらなければならないのか!」と訴えたかったのですね。そういう意味では、僕は変わった生徒だったのですね。

PROFILE

斉藤淳(さいとう・じゅん)氏プロフィール
J Prep 斉藤塾代表

山形県酒田市の農家で、将来は田んぼを嗣ぐことを期待されて育つ。四季折々に表情を変える 鳥海山の麓で、農業の将来に思いをめぐらしながらも、夜になると短波放送で世界各国のニュースを聞く日々を過ごした。インターネットもない冷戦時代に、各国の主張をそのまま聞き比べていたことで、批判的に物事を考えるための基盤が培われただけでなく、大学で語学や社会科学を幅広く学ぶきっかけになった。

斉藤氏は、イェール大学大学院在学中に衆議院補欠選挙に出馬。2002年10月から1年間、衆議院議員を務める(山形4区)。イェール大学で博士号 取得後、ウェズリアン大学、フランクリン・マーシャル大、イェール大で政治学の教鞭を執る。

主著『自民党長期政権の政治経済学』で日経経済図書文 化賞を受賞した他、TBSラジオで選挙解説なども務める。研究者としての専門は比較政治経済学。