2013年 第66回カンヌ国際映画祭・特別レポート I
2013年 第66回カンヌ国際映画祭から特別レポート I
―意外と地味な「カンヌの歩き方」
あまり知られていない「カンヌ」の表と裏
世界三大映画祭の一つとしてその名を知られるカンヌ国際映画祭。毎年5月になると、日本映画がオフィシャル・セレクションに選ばれたというニュースが巷を飛び交ったり、世界を代表する映画スターや監督たちが続々とレッドカーペットを歩く姿がテレビに映し出されたりして、まさに「ショービジネスを代表する華々しい舞台!」という印象を持たれている方も多いことだろう。
実際に、この時期に「カンヌに行く」などと言うと、「すごーい」とか「かっこいい」などといったお言葉を頂戴することがよくある。そんなときはいつも「いや、結構地味なんですよ」と反論することにしている。
自分には関係のない世界だと思っていたこのカンヌに初めて足を踏み入れたのは、わずか一年前のこと。実は、今年で二度めの参加なのだが、カンヌの率直な感想はただひたすら「キツい」の一言だ。というのも、私の目的はカンヌ国際映画祭そのものではなく、併設されている映画産業マーケット「マルシェ・デュ・フィルム(Marché du Film)」であり、試写室に篭ったり、そもそもその試写室に入るために延々と長蛇の列に並んだり、ブースを渡り歩いて資料をかき集めたり、ミーティングで孤軍奮闘したりするのが仕事なのだ。つまり、カンヌ国際映画祭のレッドカーペットが華やかな「表」の顔だとすれば、その奥に設置された「商談会場」とでもいうべきマーケットやその他の併設部門はあまり世間に知られていない「裏」の顔と言えるだろう。
2012年の記録によるとマーケット参加者は約11,500人にものぼり、そんなわけでカンヌ国際映画祭の時期にカンヌにいる人が必ずしも華やかだとは限らない。そう……カンヌは意外と地味なのだ。
デジタル化と機材の廉価化がもたらした若き「First Timer」たちの参入
ヒラヒラしたドレスや、タキシードと蝶ネクタイ姿でパーティー会場に向かう人たちを尻目に、夕方になるとカンヌ駅には重たそうなバッグを抱えて電車を待つ人々がプラットフォームにあふれかえる。その駅の構内で、今年は偶然にも多くの若い日本人とすれ違った。おそらく今回が初めてのカンヌなのであろう、自動券売機(これまたダイヤル式でわかりにくい!)で切符を買うのに苦闘している様子が目についた。
冒頭で「自分には縁のない世界だと思っていた」と述べたように、カンヌはこれまで大手映画会社や大物プロデューサー、敏腕バイヤーなど、いわゆる映画界のプロ中のプロに限定された仕事場という認識が自分自身の中にもあった。
しかし近年、映画のデジタル化が進み、撮影・編集・録音等機材の廉価化によって映画を作ることのハードルが下がって、誰でも映画制作に挑戦できる環境が世界中に広まりつつある。このような状況にともなって、カンヌには駅で出会った若者たちのような「First Timer」(初参加者)が徐々に増えているのではないかという印象を持った。
時代に合わせて変容するカンヌ国際映画祭
1998年に創設された、映画を学ぶ学生作品のコンペティション部門の「シネフォンダシオン(Cinefondation)」とは別に、このような時代の流れに合わせて、2~3年前には若い映画作家たちの奨励を目的とした「カンヌ・クール・メトラジュ(Cannes Court Métrage)」という部門がカンヌ国際映画祭に登場したのはご存知だろうか。
「Court Métrage」という言葉は、フランス語でショートフィルムを意味する。この新しい部門はその名のとおり、コンペティションの「短編部門」と、ブースでコンペティション参加作品を自由に視聴できる「ショートフィルム・コーナー」で構成されており、作家同士や映画・テレビ・映画祭関係のキーパーソンとの出会いと交流をうながすワークショップや講演会なども開催されている。つまり、カンヌはプロだけでなく、今や学生や若手映画製作者にもその扉を大きく開放しつつあるのだ。
まさしく、私も去年はこの「First Timer」だったわけだが、いざ準備をしようと調べてみると、カンヌに関する日本語の情報は意外なほど少ない。カンヌはリゾート地として知られているが、とりたてて有名な文化遺産があるわけでもなく、ビジネスではごく限られた人たちにしか関係のなかった土地柄だから、情報が少ないのは当然だろう。そこで、若き映画作家たちの世界へのチャレンジを支援すべく、後編では「First Timer」のための「カンヌの歩き方」を紹介させていただきたい。