2013/03/20 12:00

アメリカにも美味しい豆腐があることを知ってほしい・・・
ーHodo Soy Beaneryー CEOミン・ツァイ氏の挑戦

スーパーに並んだHodoのおそうざい:Ⓒ Hiroki Nakayama

“カリフォルニア・ネイティブ”の豆腐専門店、Hodo Soy Beanery
ベトナム系ファウンダー、ツァイさんが金融マンをやめて豆腐マスターになったわけ Vol.5/シリーズ・パートI

by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長

日本人が経営する日本料理店はなぜはやらないのか?

 アメリカでアジア系の料理はどれも人気が高く、日本料理の評価も当然高い。ただ、このSushirritoにしても、日本人が経営する店ではないのだ。

 日本料理が北米に紹介されて数十年(北米への日本移民の歴史を考えれば100年以上)が経過し、寿司、照り焼きをはじめとする日本料理はそれなりの人気を得ている。とはいえ、北米で人気の大衆的な日本料理店の経営は、韓国、中国、場合によってはメキシコ人など、非日系の経営者によるものばかり。

 近年人気のアジア系レストランといえば、経営学(ツァイさん自身もNYのコロンビア大学で経済学を学んでいる)や洗練されたブランディングのノウハウを身につけたベトナム系アメリカ人によるベトナム料理店が注目を集め、日本料理の地位向上は頭打ちとなっているように見える。

 ツァイさんが言うところの、「日本料理がアジアの料理におけるフランス料理的な地位を占めているとしたら、ベトナム料理はイタリア料理に相当する地位を獲得した」というぐらい、ベトナム料理は、この二十年で「カジュアルだけどオシャレ」なイメージを広くアメリカ社会に定着させている。

 価格帯の幅広さにもよるのかも知れないが、ベトナム料理の顧客層は高級店であっても若者が多く華やいでいるのに対し、日本料理店では高齢者が多く目につくような気がするのも気になるところだ。

 ベトナム人が経営するベトナム料理店からスター・シェフが誕生し、次々とメインストリームの米メディアで取りあげられるのを目にすると、一部の高級店を除いて、「日本人が経営する日本料理店はなぜ流行らないのか」を解明し、日本的な食文化を、北米の食材を活かしながら、北米の料理として再定義することは火急の課題のように思われる。

 無闇に「純日本風の味付け」や「日本から空輸した高級食材」にこだわる伝統的な日本料理は、「ガラパゴス的」と言われるようになった、細部にこだわり過ぎて競争力を失ってしまった日本の携帯電話や家電製品のイメージと重なるものがある。


マレーシア人シェフが味付けを決めるわけ

 広くアメリカの家庭料理として日本料理を定着させるためには、カリフォルニア、オレゴン、ポートランドなど、西海岸でとれる食材を活用した北米にふさわしい日本食のローカライゼーション(現地適正化)が必要で、そのためのメニュー開発と商品化は、日本企業、あるいは、日本的ビジネス・モデルのグローバル化、次世代へ向けてのイノベーション・デザインを考える上で大いに参考になるような気がした。

 豆腐に関していうなら、「美味しい豆腐といえば、繊細な日本の豆腐づくりが世界一だ」とやみくもに主張して、ベトナム人の作る豆腐に戦いを挑むのではなく、アメリカでも生活習慣病を回避するための健康的な食生活のあり方に注目が集まっている今だからこそ、アメリカ人の生活文化に馴染む豆腐料理の提案で協力し合って、アジア食材の市場を一緒に広げて行ったら良いのではないかと思う。

 「アメリカ人の口に合う豆腐や湯葉の食べ方」という点では、ツァイさんも苦労しながら試行錯誤しており、もともとアメリカ人の食文化の中には存在しなかった食材なので、ベジタリアン向けの、野菜サラダのトッピングとしての味付けした湯葉や、五角スパイス風味の一口厚揚げなど、いずれも味が濃く、インパクトのある調理済商品をスーパー向けに提供している。

 こうした商品の味を決めているのは、ホードー専属のマレーシア出身の女性シェフだ。ツァイさんは言う。

 「さまざまな人種、文化的背景の人が暮らすアメリカで売る食品だから、アジアのグローバルな都市に生まれて、両親の仕事の関係で色々な国で育って、アメリカではプロの料理人としての経験のある彼女のような人が味付けを決めることに意味がある」

 日本人だと、どうしても「これが正しい食べ方」だと決めつけ、それが受け入れられないと「アメリカ人には日本食材の繊細さが理解できない」と片付けてしまいがちだが、ツァイさんを含め、アメリカで成功しているフード・ビジネスのオーナーは、みな忍耐強く顧客の食文化を理解しようと務め、彼らの要望に耳を傾ける人ばかりだ。

 要するに、アメリカで求められる味を提供するからこそ売れるわけで、「北米の人気日本料理店」が日本人以外のオーナーばかりになってしまったのも、おそらくは、そうした「求められる味」を提供することに積極的だったのが、韓国や中国、メキシコ人などの経営者だったからだろう。

 このことは、「良い製品なら必ず売れる」「優れた技術は必ず理解される」と主張して、結果的にひとりよがりな製品を世に送り出し続けたエンジニアが、日本のメーカーの家電製品を「特殊なもの」にしてしまった経緯と同じことのように思える。「テクノロジー=プロダクトではない。ユーザー・インターフェースとしては、テクノロジーが見えないぐらいのほうが良いのだ」と私はエンジニアの皆さんによく言うのだが、食品についても似たようなことが言えるのではないか。

 その食品が「どこの国のもの」と一言ではいえないぐらいにローカライズが進んでいるほうが、アメリカ社会においての受け入れが進んでおり、人気の高い食品ということになる。その点で、急速に普及し、かつ、若者好みのオシャレなイメージを確立したベトナム料理は、お見事というべきだろう。

PROFILE

ミン・ツァイ氏プロフィール
ファウンダー、ホードー・ソーイ・ビーナリー共同CEO

幼少期を過ごしたヴェトナムでは、毎朝のように祖父と一緒に近所の小さな豆腐店まで一緒に豆腐を買いに出かけた。新鮮な豆乳で作った手作り豆腐と湯葉の豊かな味わいは、いつも彼の記憶の中にあり、ついに2004年、「最高の品質で、最高に美味しい豆乳、豆腐、湯葉を作る」ことだけをミッションにホードーを設立した。以来彼は、毎日工場で豆腐製造の現場に立ち、また、ファーマーズ・マーケットや様々な場所へ出向いて「豆腐大使」としての役割を果たしている。

ツァイ氏はNYの名門コロンビア大学で経済学(Economic Development)の学士号と修士号を取得した後、十年間に渡ってストラテジック・コンサルティングの専門家として大手金融機関で働いた。豆腐づくりの現場にいない時は、最愛の夫人、そして、将来きっと豆腐マスターに育つであろう二人の小さな息子たちとの時間を大切にしている。