2013/03/11 15:00
アメリカにも美味しい豆腐があることを知ってほしい・・・
ーHodo Soy Beaneryー CEOミン・ツァイ氏の挑戦
Photo:ファーマーズ・マーケットで売られているカラフルな野菜 Ⓒ Yukinori Kurosawa
“カリフォルニア・ネイティブ”の豆腐専門店、Hodo Soy Beanery
ベトナム系ファウンダー、ツァイさんが金融マンをやめて豆腐マスターになったわけ Vol.1/シリーズ・パートI
by 岩渕 潤子(いわぶち・じゅんこ)/AGROSPACIA編集長
豆腐を一度も食べないで育った日本人はいないだろう。なめらかな舌触り、適度に濃厚なコク、多くの料理と合う食材としてのフレキシビリティ。素材としても絹ごし豆腐、木綿豆腐、充填豆腐、ソフト豆腐など。調理法にいたっては単純な冷奴や湯豆腐といったものから味噌田楽、豆腐ハンバーグ、麻婆豆腐や揚げ出し豆腐までバリエーションに富んでいる。レシピサイトでちょっと検索すれば、おびただしい数の豆腐レシピを確認することができる。
しかし、アメリカにおいては必ずしもそうではなかった。豆腐という食材はむしろ「健康食」というイメージであり、もっと言ってしまえば「身体にいいものだから(我慢して)食べよう」という捉え方すらされていた。スーパーで大量生産されるマス・プロダクションものは豆乳が少なくニガリが多いため、大豆本来の深みのある味わいといったものを得ることは難しい。端的に言うと「豆腐=身体にいいけど、まずい」という認識が一般的であったようだ。
Hodo Soy Beanery、CEOであるベトナム系アメリカ人ミン・ツァイさんが挑んでいるのは、まさしくそうした固定観念を変えることだ。「本当に美味しい豆腐とはどういうものかを知らしめたい」「美味しい豆腐を適正価格で売って、買い続けてもらえる仕組みを作りたい」と話すツァイさん。
Hodoという一見して日系人の苗字のような名前にも、まさにそうした願いが込められている。弊誌編集長・岩渕潤子がレポートする。
「美味しい豆腐は日本人にしか作れない」という先入観
Hodo Soy Beaneryという、カリフォルニア州オークランドに生産拠点を持つ豆腐専門店の名前を知ったのは、2011年秋のことだった。濃厚な大豆の味わいとで、滑らかな舌触りを持つその豆腐自体は以前から何度か食べていたのだが、それはサンフランシスコのフェリー・ビルディングにある、おしゃれなベトナム料理店、The Slanted Doorにおいてのこと。 そこで使われている豆腐がHodo Soy Beaneryの豆腐であることは、それまで知らなかった…… というか、正直なところ、料理に使われている豆腐をどこから仕入れ、それを誰が作っているかまで知ろうと思ったことはなかった。
もちろん、「美味しい豆腐だな」とは思ったものの、自分が日本人であるがゆえの傲慢さからか、なんとはなしに「美味しい豆腐は日本人にしか作れない…」という強い先入観があって、日系以外の豆腐メーカーというのは頭に思い浮かばなかった。
週末のファーマーズ・マーケット開催時、フェリー・ビルディング、そして、野菜を売る農家や畜産物・乳製品、魚介類を売るテントが立ち並ぶサンフランシスコ湾を望む屋外のエリアは、オーガニック食材を求める、ちょっと裕福そうな地元民と、珍しいお土産を探す観光客とで、いつも足の踏み場も無いほどの混雑ぶりを見せる。
そんな地元の食材を売る屋外のブースの中に、Hodo Soy Beaneryを見かけたことがあった。小さな売り場で白人の若い男女が店番をしており、絹ごし豆腐、厚揚げ、湯葉などを売っていたことと「ホードー」という名前の響きから、その時も漠然と「日系のお豆腐屋さん」という思い込みのまま、そこそこの人数の非アジア系のお客さんが列を作っているのを見て、「へぇ、最近は湯葉や厚揚げも食材としてアメリカ人の認知を得てきているのか……」と思って、そのまま前を通り過ぎていた。
それからしばらくして、Hodoが、ベトナム系アメリカ人ミン・ツァイさんの創業した豆腐メーカーであることを知ることになる。彼との出会いは、いかにもカリフォルニア的というか、リアル・ソーシャル・ネットワークのおかげとでもいうのか。
若くてパワフルなベトナム系社会
その頃、私が企画に携わっていた、ある大学での創造都市に関する国際シンポジウムの若いベトナム系アメリカ人パネリスト、OneVietnamのビジネス・ディベロップメント・ディレクター、グウェン・U・グウェンさんから広がった人脈で、この出会いは数々の刺激的な副産物=多くのヒラメキをもたらすこととなった。
そもそもOneVietnamという、世界のさまざまな国で活躍するベトナム出身者(ディアスポラ)を国境を超えてウェブ上にネットワーク化し、ルーツを同じくする同朋たちの文化や理念、ビジネスのノウハウなどを共有してゆこうというプロジェクトは、その後、私が『アグロスパシア』的なものを考えるようになったきっかけそのものでもあるので、機会を改めて詳しく紹介したい。
ただ一言だけいうと、ベトナム系社会は日本と同じアジア系でありながら、日系アメリカ人と比べてコミュニティの平均年齢が圧倒的に若く、全体的に高学歴だ。またビジネスをスタートしようとする若者同士のネットワーク、先輩世代から後輩世代へのメンタリングのシステムが効率良く機能しているように見える。そのパワフルさには、羨ましさを超え、何か学ぶべき点が多いような気がしたのである。
非営利団体であるOneVietnamはキック・オフ時、設立をメディアにアピールして活動資金を集めるためのフード・イベントを行なった。協力者リストの中には、サンフランシスコでの私のお気に入りレストランである、ベトナム料理店、The Slanted Doorのエグゼクティブ・シェフ/オーナー、チャールズ・ファン氏の名前もある(彼はOne Vietnamを強力に支援する理事の一人)。Hodo Soy Beaneryの創業者で豆腐マスター、共同CEOは、日系人ではなく、ベトナム系のミン・ツァイ氏であることを知ることとなった。
ミン・ツァイ氏プロフィール
ファウンダー、ホードー・ソーイ・ビーナリー共同CEO
幼少期を過ごしたヴェトナムでは、毎朝のように祖父と一緒に近所の小さな豆腐店まで一緒に豆腐を買いに出かけた。新鮮な豆乳で作った手作り豆腐と湯葉の豊かな味わいは、いつも彼の記憶の中にあり、ついに2004年、「最高の品質で、最高に美味しい豆乳、豆腐、湯葉を作る」ことだけをミッションにホードーを設立した。以来彼は、毎日工場で豆腐製造の現場に立ち、また、ファーマーズ・マーケットや様々な場所へ出向いて「豆腐大使」としての役割を果たしている。
ツァイ氏はNYの名門コロンビア大学で経済学(Economic Development)の学士号と修士号を取得した後、十年間に渡ってストラテジック・コンサルティングの専門家として大手金融機関で働いた。豆腐づくりの現場にいない時は、最愛の夫人、そして、将来きっと豆腐マスターに育つであろう二人の小さな息子たちとの時間を大切にしている。